第102話 増殖

「……あれにしましょうか」


 標的選びはものの数分で終わる。

 今しがた視界に入ったものでも、ドラゴンやラミア、角の生えたうさぎなど様々いたが、その中でもミヤが選んだのは、木の影からのそのそと姿が見えた、キノコの魔物だった。

 キノコと言っても、木の根元に生えているような小さなものではない。

 体調は1.8メートルほどあり、赤い頭部に白い突起物が無数に付いている人型のモンスター。

 細い身体だけを見れば何も警戒することはなさそうだが、毒々しい、如何にも何か持っていると言わんばかりのそれが、他の魔物たちを近づけない秘密だった。

 どうしてミヤが、このキノコの魔物を敵として選んだのか。

 以前、自らが想いを寄せる相手が「昔、あいつにボコボコにされたことがあってね」と語っていたのを思い出したからだ。

 赤ん坊が立ち上がることにすら苦戦するように、ジオにも弱い時があったのは承知の上だ。

 今の彼には、このキノコが何をしたところで叶うはずがない。

 だが、目の前の植物を倒すことこそが、自分を認めさせる道であると、少女はそう理解した。

 懐から紙札をだし、一歩足を踏み出すと、キノコはこちらの存在に気づく。

 ゆっくりと首を曲げると、頭部のかさが大袈裟に揺れる。

 赤い表面に対して、かさの内側は柔らかな土の色をしていて、そこから胞子のようなものが舞った。


「あなたに恨みはありませんが、疾く今晩の一品になってもらいます」


 ミヤが持つ札の上部が発火し、左右5枚の札を投げる。

 それは紙とは思えないほどの速度で魔物の元へと進んでいった。

 本来は温厚な性質であるキノコの魔物は、ミヤが攻撃態勢を取るまでは様子見に徹していたが、発火を確認した瞬間、勢いよく駆け出す。

 まずは札を避けるために、ミヤの周囲を回るようなルートで走るが、意思を持ったように追尾する札が魔物に追いつく。

 接触の直前に身を反転させて腕でガードするも、植物に火は有効であり、その腕には焼けた跡が残った。


「いい香りがしてきましたね」


 ミヤは攻撃の手を緩めず、続けて札を放つ。

 身体能力がそう高くない彼女にとって、札での遠距離攻撃が主体なこともあり、近付かれるのには弱い。

 若干の戦闘で既にその特性を理解している魔物は、ミヤとの距離を保ちながらも、隙をみては接近しようと試みていた。

 数度のチャンスがあり、キノコの魔物はその細くしなやかな腕を前に突き出すが、すんでのところで避けられる。


「それでは、そろそろ観念していただきましょう。これで私も一人前の女として認めてもらえるはず」


 しかし、再度札を手に取ると、後方からの突然の衝撃に驚いて落としてしまう。


「ーーッ?!」


 前を見ると、数メートル先に標的がいる。

 だが、背後を見ると、一体しかいないはずのそれと同種の姿が。

 魔物は直接攻撃を狙っていたのではなかった。

 自分の胞子が急速に成長すると言う特性を利用して同士を生み出し、相手が油断するその時を待っていたのだのだ。

 気づけば魔物は三体に増殖していた。

 ミヤは煙の札を使い距離を取ろうと考えたが、背後の魔物によって腕をつかまれ、阻止されてしまう。

 続いて、もう一体が足の自由を奪う。

 植物の力は強くはなかったが、それでも二体がかりであれば、非力な少女は逃げられない。


「……バチが当たったのかもしれませんね」


 ゆっくりと距離を詰める魔物。

 機動力を奪い、確実にとどめをさそうとする様を見て、ミヤは自分の行動が愚かだったと気づいた。


「あぁ、ミヤの亡骸は見つけてもらえるでしょうか。それともこのまま、魔物の餌になってしまうのでしょうか。最後にもう一度――」


 目前まで迫った死が、その拳を突き出した。       

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