第33話 洞察賢者

「おい、どのくらい深刻だ?」


 ルーエは、未だ着地ポーズのまま固まっているジオに問いかける。

 石像のようにピタリと動かない彼は、顔を俯けたまま口を開く。


「偶然だろうが最悪は免れた。か、屈んだままなら歩くこともできるな。でも、この状態で戦ってたら多分……」

「イカれるか」

「イカれるな」


 ジオは自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなっていたが、瞬間的な判断では最上級のものだった。


「とりあえず私は背景に溶け込んで魔物を減らしてくる」

「なぁ、くれぐれも――」

「わかってるさ。範囲魔術なんか使わないし、一番遠いところで一体ずつ消してくる。人間達は街の付近で戦っているだろう? ならバレないさ。お前は自分の身だけ守っていろ……と思ったが、攻撃して弾け飛ぶのは魔物の方か」


 そう言ってルーエは蜃気楼のように姿をくらませた。

 一人残ったジオは、腰に負担をかけないようにゆっくりと深呼吸する。


「――ふう。よし、俺もできることをしないとな」


 かなり深いお辞儀のような体勢のまま、彼は移動を始める。

 移動の際は、歩くのではなく、浮遊魔術でわずかに地面から浮き、ホバー移動を行っている。

 しかし、浮遊魔術の使い手は世界を探してもそういない。

 そのため、彼は足元に大きな土煙を上げさせ、足元を隠すことで歩いているようにカモフラージュしていた。

 

「今の俺にできることか……」


 人目を避けているとまともに戦えないこの状況で、自分に何ができるのか、ジオは疑問に思っていた。

 だが、ビギニングのメンバーと共に戦ったミノタウロス戦を思い出し、照れくさそうに笑うと冒険者の方へ発進する。



 

「てやぁ! はっ! ――くっ」


 どれだけ倒してもモンスターの勢いが衰えることはない。

 相手はオークやスケルトン。

 Bランクの自分にとっては雑兵もいいところだ。

 だが、ここまで数で攻めてこられれば、個人の強さなどたかが知れている。

 俺の命がここで尽きるのは確定的だった。

 あーあ。こんなことなら最後にパンケーキ食っとくんだったなぁ。


「……左のオークは右足に傷があるので簡単に体勢を崩せますよ。スケルトンは破損が甘いと復活しますが、その上に衝撃を与えることで……あとは分かりますね?」


 ほんの一瞬の出来事だった。

 背後から声が聞こえたのだ。

 それは、今俺が相対している魔物の弱点であり、このあと生き抜くための閃き。


「――まずはスケルトンを崩す! 次にオークの足を破壊ッ! その巨体はスケルトンの残骸を粉砕する!」


 聞こえた声の通りに戦うと、遥かに少ない労力で魔物を無力化することに成功する。

 俺は声の主に礼を言おうと振り返ったが、影はすでに遠く、腰を折った姿しか判別できなかった。


「……ありがとう、ございます」




「――閉ざせ、ファイアウォール!」


 火の盾で魔物を包み、酸素を奪って倒す。

 相手が並の生物であれば、私のこの戦法は無類の強さを誇る。

 だが、それは多人数戦には向かない。

 こちらの魔力量にも限界があるし、詠唱が終わる前に攻撃されれば終わりだ。

 あと一度でも、私は魔物を倒すことができるだろうか。

 荒れ狂う砂嵐の中、誰にも発見されず、一人寂しく死んでいくのだろうか。


「もう、ダメなのかな……」

「……あなたは魔術の扱いが丁寧ですね。土属性の魔術は使えますか?」

「――!? は、はい」

「なら、吹き荒ぶ砂嵐に力を与え、魔物を一網打尽にしてもらいましょう。いいですか? イメージは強く、はっきりとですよ。それができれば、初級魔術でも問題ありません」


 詳しく考えている余裕はなかった。

 私は詠唱をしながら、目を閉じて強くイメージする。

 私だけじゃなく、オークやゴブリンの周囲を旋回する砂嵐。

 それらが魔物にだけ牙を剥いたら――。


「……アースタスク!」


 アースタスクは小さい土の刃をぶつける土属性の初級魔術だ。

 威力は並以下で、魔物相手には牽制にしかならない。

 だが、砂嵐が無数の牙になって魔物たちに喰らい付き、全身にダメージを与えていく。

 あっという間に牙は魔物を食い尽くしていた。


「――あ、あのっ!」


 振り返るが、私を助けてくれた人物はもう、声の届かない場所まで行っていた。

 老人のように腰が折れているのに、何故だか心の底から頼もしく見える。


「……洞察賢者だ……」


 命の危機を救ってくれた方を、私はそう呼ぶことにした。

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