俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか？

第32話 スーパーヒーロー着地

　一体いつから準備が進められていたのか、それとも偶然、突発的に魔物たちが同じ目的を持ったのかは定かではない。

　マルノーチの住民、そして冒険者はこの事態に対応することしかできず、ある者は逃げ惑い、ある者は我が家に隠れて扉を補強し、ある者は生を諦めかけていた。

　冒険者はその全員が迎撃に向かうことになった。

　マルノーチには、ルビンディ以外にも数個のギルドが設立されている。

　もちろん一流の強さを持つ冒険者も在籍しているが、彼ら彼女らは世界を股にかけている存在。

　不幸なことに、この時マルノーチにいた冒険者97人のうち、Aランク冒険者はわずか1人。

　Sランクに至っては1人たりとも滞在していなかった。

　軍勢が押し寄せるのが数日早ければキャスが、そしてSランクに次ぐ実力を持つランドがいたというのに。

「クソっ！　単体ならどうってことないが、数で不利すぎる！」

　Aランクの冒険者ですら、戦って数分のうちにこう漏らしていた。

　誰の目から見ても、マルノーチが蹂躙され、陥落するのは時間の問題なのだ。

　だが、この絶望的な状況は、後に「洞察賢者」と呼ばれる1人の男によって打破されることになる。　

「――――な、何かが落ちてきたぞ！」

　すでに魔物と戦闘を行っていた近くの冒険者が、爆音に驚きの声を上げる。

　土埃が舞い上がり、彼だけでなく、周囲の人々も飛来物の正体を見ることができない。

　だが、その恐怖にも似た好奇心が大きくなるとともに、謎の存在の姿が鮮明になっていく。

　会話したことはなくとも、人前に姿を現したのがつい最近でも。

　彼の存在は早くも伝説のように伝えられていて、マルノーチに知らぬ者はいない。

「――あ、あぁ……あなたは！」

　常人であれば即死する高さからの落下。

　いくら鍛え上げられた肉体であっても、普通は生きていられないだろう。

　しかし、人々――あるいは魔物の――目にうつったのは、右手の拳、右足のつま先、左足という三点のみで完璧な着地を遂行した男の姿。

　――ジオ・プライムだった。

「――あれが、世界を救ったお方の御威光」

　周囲の冒険者は痛みも忘れて彼に魅入っていた。

「なんて、なんて……心強い」

　ジオの魔王討伐という功績は計り知れず、その影響力は大きい。

　それどころか、彼の噂が駆け巡ることで力はさらに増し、人々は、未だ着地ポーズで止まっているジオの姿を見るだけで勇気づけられていた。

「ジオさんだ！　ジオさんが助けに来てくれたぞぉぉお！」

「やった！　これで100人……いや100億人力だね！」

「……死なずに…………済む……」

　吉報は散開して戦う冒険者たちに、まるでバトンが繋がるように伝わっていく。

　その中には、ビギニングの面々もいた。

　彼らは魔物の大群の討伐隊の中では未熟な部類であり、以前のダンジョン攻略とは次元が違う危機の前に臆していたが、ジオの顔を見てすぐに戦意を取り戻し、魔物へ向かっていく。

　渡って行った希望はさらに大きくなり、新たな冒険者へと、あるいは2度目の活力を与える。

「へっ、あんなひよっこ達に先を越されちゃたまらねぇ。俺たちも派手にやってやろうぜぇ！」

「おうよォ！　一人百匹やりゃあ街も救えてしばらく金にも困らねえ！」

「どっちが魔物がわからねぇくらい暴れてやろうぜえぇぇぇえ！」

　数多の雄叫びが上がり、武器と武器、武器と肉体がぶつかる音が衝突する。

　しかし、どれだけ士気が上がったとしても限界はある。

　ジオの登場によってマルノーチ陥落の時間は引き延ばせたが、悲惨な未来は変わっていない。

　この状況を完璧に打破することができる中年男性。

　彼の行動、迅速な各個撃破によって、マルノーチ死守戦は終わる――はずだった。

　ただ一人、ルーエを除いて周囲の誰もが気付いていなかった。

　どれだけの強者でも絶対に勝つことができない相手がいて、それが今まさにジオを苦しめていることに。

「…………あっ…………やったわ……」

　額に汗を浮かべ、青い顔をしている。

　久方ぶりに身体に大きく負担のかかる着地をしたことで、彼は、彼は。

　――――腰をやってしまっていた。

「あちゃー」

「いやお前のせいだからな！？」