雨が降る前のことなんて(ビフォーザレイン)

慎み深いもんじゃ

「雨が降る前のことなんて(ビフォーザレイン)」

 雨が降る前のことなんて、僕は覚えていやしない。

アスファルトの小さなみぞを、僕の肩や前髪を、一滴ずつ濡らしていく水のこと。

こいつらが居ない時のことなど、僕にはもう思い出せない。

数分で、僕の意識は無意識となる。

さっきまで思っていたことは、今はもう思わない。

乾いた地面を歩く感触。上を向いたって、なにも不快なものなどない感覚。

いやきっと、もう少しすれば顔に降り注ぐものですら、

僕は嫌には思わないのかもしれない。


 慣れてしまえ。変わってしまえ、何もかも。己が変われば、痛みなどせず。



 もういい加減、右の手が疲れてきたところだった。

細く軽いものを握るのにも、その感触がいびつなら、すぐに疲れてしまう。

私は、ビニール傘を持ち替えた。

すごいダサいビニール傘。骨が何本か折れちまっている。

そしてたいして大きくもない。

足もとは時間がかかるにつれて残念なことになっていく。

どうして新しいのものを買わないのだろう。私は思った。

どこにでも売っているだろう。

だけどその次私がわざわざ傘を買う理由を考えていると、ボロついていくのも頷けるようだった。


 有るものなんて買わない。なにも緊急事態じゃないから。

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