第4話


 翌日


「おはようございます。できました」

「吟遊詩人さん大丈夫ですか」

 今日分の馬車が出た後、吟遊詩人は彼女の前に現れた。彼の表情は、すでにヨレヨレで、目の下のクマもくっきりしているが、瞳だけがギラギラと輝いていた。明らかに寝不足か徹夜明けの彼に、彼女は心配そうに声をかける。


「大丈夫です」

 しかし、彼にとっては徹夜ごとき些細なことだ。一応、彼も勇者パーティで生き残っていきた猛者。普段ポンコツだから気づかれないけれど、強靭な肉体を今までの旅で手に入れていたのだ。

 近くの木に腰掛け、飲まず食わずでずっと考えていても、倒れる気配もない。


 それに合わせて、前世で鍛えられた三次元で萌えるための観察眼と記憶。

 今世こんせで英雄を称えるために美しい言葉に置き換える力。

 それが融合し、新しい最強の英雄譚が生まれた。


「聞いてください。あなた達が最初のこの伝承者です」

 吟遊詩人はそう言って、長椅子に座り、手持ちハープ構える。の培ってきたもの、全てをここにぶつける。

 そして、生まれたばかりの英雄譚は初めて産声を上げた。



 勇者 闇にまれた月輝く時

 わざわい招きし美しい黒猫

 ついに相見あいまみえる

 黒猫 勇者に問う 我欲すか

 勇者 黒猫に応ず 君欲す

 だが黒猫 勇者伸ばした手を払う

 我を得たければ その力を示せよ


 月夜を翔る二つの影 詩人も騎士も追えず


 疾き黒猫 ひらりひらりと勇者の手を交わし

 高らかに笑う だが勇者は手を伸ばしつづける

 時にして 月が朝日に沈みかける頃


 黒猫ついに力尽き 夜空から落ちる

 勇者 黒猫を引き寄せ腕の中へ 

 二人ともに池映る朝日の中に落つ

 沈む泡の中で何を見たのか


 池から上がりし二人 

 黒猫 再度問う 我欲すか 

 勇者 再度応ず 君欲す

 朝日の中眩しい二人影重なる


 また月昇る頃 神の足元神殿の森にて

 狭き天蓋てんがいにて 視線交わる

 勇者 黒猫を縫い止め 述べる

 君 深淵に闇巣食う 払う必要ありと

 黒猫 勇者の言霊に やむを得ず

 体躯たいく 光の下へ捧げる

 勇者 黒猫に巣食う闇払う よって

 誇り高く神々しい雄々しきもの

 黒猫に穿うが

 喜びを与えられし黒猫

 闇を払い 災いを跳ね

 幸福へと誘われる


 方今ほうこんの黒猫

 勇者の前を歩き 正しき道へと導く 

 そして 月が昇る頃

 勇者の腕の中で眠る



 最後の一音。美しい余韻が辺りに響く。吟遊詩人が奏で終わる。

 彼女は呆気にとられた表情で、吟遊詩人の顔を見た後、大きく手を叩き始めた。バチンバチン、それは形式的な拍手ではなく、魂の衝動を抑えられないせいで起きたものだ。


「す、すごいです、黒猫って、あの黒猫でしゅよね!? 元義賊の黒猫! シーフさん!」

「ええ、彼と勇者様の出会いを英雄譚にしたのです」

「ああああええ、何でしょう。え、闇を払う、え、穿つ、えななななにを?」

「そうですね、あれは破邪の剣とでも呼びましょうか」

「ははは、破邪の剣!? え、えええええ」

 頬を赤くする彼女は頬を抑えながら、奇声に近い声を上げる。しかし、その目は爛々らんらんと輝いていた。

 いやでも、本当にいい出来の英雄譚。ちなみに嘘偽りは一つもない。

 内容としてはこうだった。

 

 

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