第3話


 時間は戻り、吟遊詩人が離脱した直後。



「くぞぉおお……なんで魔法使えないんだよぉ……運動神経も終わってるし……」


 吟遊詩人は悲壮感たっぷりの声でボヤく。そう、彼は魔法もなければ、運動神経もない。戦闘力0の雑魚なのだ。

 ただ、前世の記憶があるから、吟遊詩人には成れると思い、頑張ったのに。


 先程のことを思い出して、悔しくて仕方がない。

 何せ、彼らとパーティを組んだ時から、自分の古の血が騒いで仕方がなかったのだ。眼の前でいともたやすく行われるえげつない行為に、吟遊詩人の心は常に奪われ失敗する。

 そのせいで、ポンコツ極めてしまった自分。もっと器用だったら良かったのに、一点集中すると途端にダメになる芸術家器質。推したちを称えるために、生きているのに。英雄譚を奏でて、

 推したちの功績を美しく万人向けに布教するのが生きがいなのに。

 けど、今日人生唯一の楽しみを失ったのだ。


(ああああ、推しカプ勇者♂×シーフ♂のイチャイチャの風を特等席で浴びれないなんてえええ! )

 そう、吟遊詩人の前世は、熟成期間三十年超えの腐女子。しかも、三次元に萌えるヤバイヤツだった。


「ああ、この先どうしよう」

 時間だからと宿からも追い出された吟遊詩人は、仕方なくとぼとぼと街外れにある馬車の乗り合い場へと向かう。本当なら今頃自分もダンジョンに行っていただろうに、一人寂しく王都に帰ることになるとは。


 そう思いつつ、乗り合い場に向かうとそこには誰もおらず、若い女性一人が木製の長椅子に座っていた。その彼女は吟遊詩人に気づくと、驚いたように声を上げた。


「あら、吟遊詩人さん! もう、馬車は行ってしまいましたよ!」

「つ、次は明日ですか、もしかして」

「そうですね、今日朝便しかないんですよ」


 彼女の言葉に、吟遊詩人は項垂うなたれた。ということは、今日の宿を探さなければならないということだ。たしかに、お金はもらったが、この街に一つしかない宿で今朝の騒動を起こしたばかり。

 知らん顔で戻れるほど、自分の面の皮は厚くない。


「ねえ、吟遊詩人さん」

「はっ、はい! いかがしました?」

 渋い顔をしている吟遊詩人に、彼女は声を掛けた。吟遊詩人にはいきなりの事だったため、思わず変な声を上げるが、彼女はそんな彼の反応を気にすることなく口を開いた。


「勇者様たちの英雄譚、恋の話なのないんですか?」


 それはかなり意外な質問だった。

「恋の話……?」

「そう、だって英雄譚って、何々倒したとかそういう暴力的なものが多くて。正直、勇者さまたちが怖いんです。だからもっと、身近に感じる話があったら良いなって、友人と言っていたんです」

 彼女の話を聞きながら、吟遊詩人はぐるぐると回り始める。


 英雄譚というものは、勇者の真実の功績を伝え、称え、時には叱るものだ。

 こうして、民は安心し、勇者への尊ぶだろう。

 英雄譚を奏で、民に楽しみと安らぎを与える、これが吟遊詩人がこの地を歩む大義だ。


 これは彼の師匠である吟遊詩人が、常に言っていたものだ。

 英雄譚は民を安心させるためにある。そう思い、功績上げるたびに英雄を書き、今まで奏で続けていた。

 しかし、今彼女は英雄譚が怖いと思っている。それは、大義を果たしていない事ではないだろうか。


 。吟遊詩人の目の間に強い光が差し込んだ気がした。


「恋の話、ですか」

「はい、勇者様も恋しているのかなって」

「わかりました。ただ、明日までお待ち下さい。この時間、ここで勇者様の恋の話を奏でましょう」


 そう言って、吟遊詩人はすごい速さで彼女の前から去った。吟遊詩人には時間がない。今溢れるパッション。前世で同人誌を作成していた時の脳内麻薬が溢れ出していた。


 勇者の恋を奏でたい。相手は誰だ。

 女性とはほぼ絡まず、恋人も婚約者も居ない勇者の側にいるのは、パーティメンバーしかいない。

 勇者はこの世で一番称えるべき男。

 それは即ち勇者の覇道総攻め


 そして、最初に奏でるべきはシーフとの馴れ初め勇者✕シーフであろう。



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