第3話 ワイルド開園

 そんな胡散臭い、かつろくでもない先輩の誘いに乗って、なぜ私はこんなところにほいほいついてきてしまったのだろうか。私はいったい何をしているのだろうか。私はまた疑問を抱えていた。


「あれ? 先輩?」


 先ほどまで隣にいた可児先輩が忽然と姿を消していた。私は半分パニックのような状態に陥った。そもそも可児先輩によってこの「ワイルド集会――男子諸君、童貞であることに胸を張れ! ――」にわけもわからぬまま連れてこられた私にとって、頼みは可児先輩だけなのであった。あんな先輩でも唯一の知り合いである。


 その可児先輩がいないのである。周りは異臭漂う童貞たちに囲まれているような状態であり、出口もわからない。周りを見渡しながら可児先輩を探しているうちに、先ほどの老人が訥々とまた語り始めた。


「しかしですね、みなさん。こうした栄光ある所業が誰にでもすぐにできるのではありません。日々の弛まぬ努力と研鑽によってもたらされるものなのです。そこで今日は、既にワイルドたりえる偉業を成しえた英雄方にその実体験、成果を語っていいただこうと思っています。みなさんも彼らの行動を例にし、今後の活動に努めていただきたいものです。近頃、イノシシの頭を被り、両手に刀を持って「猪突猛進!」と半裸で突進する者が目撃されておりますが、あのようなものはワイルドとは言いません。変人と言うのです。みなさんには実績ある形を覚えていただきたいのです。では、初めに徳川殿、よろしくお願いいたします」


 老人がステージから退場すると、観客席の後ろの方から「ウォ! ウォ! ウォ!」とコールが始まった。何事だと振り返ってみると神輿に担がれている男――徳川殿と呼ばれた男だろう――がいた。鶏のような赤いトサカを宙に立たせ、黒縁メガネと二次元美少女キャラがプリントされた衣服を身に付けながら、神輿の上で六本のペンライトを振り回す渾身のオタ芸を披露していた。


 狂気である。

 あの老人の演説を聞いている時点で、『あぁ、えらいところに連れてこられた。退散! 退散!』と思っていたが、これはいよいよ退散せねばならぬ。


 そう思って後ろを振り返るも、徳川殿と呼ばれる男の謎演出に満場総立ちで出口も見えず、出口があったとしてもそこには厚く苦しい男共の肉壁が立ちふさがっている。この壁を乗り越えていくのは、至難の業であろう。


 周囲が狂喜乱舞のスタンディングオベーション。そんな中、私はおとなしくその場に座りなおした。このような狂気に乗せられるわけにはいかんのだ。私は指を耳に押入れ、外界の音を遮断せんとした。しかし、この熱狂をどう防げというのか。指の耳栓など大した効果などありはしない。オタ芸とそのコールに湧き上がるホール。その盛り上がりを助長するかのように響く太鼓の振動に、私の意思は簡単に砕かれ、もはややけくそになってこのコールに乗ってしまった方が良いのではないかと思われるほどだった。


 私の心が折れる寸前で、狂気の喝采は終わりを告げた。鶏頭の男が壇上に降り立ったのである。その時の妙な静けさ。だれもが、直立したまま徳川の話を待っているのだ。これはどうしたことだ。周囲の静寂に圧力をかけられるように私は静かに立ち上がった。

 そして、タイミングを見計らったかのように、鶏頭の男、徳川が語りだしたのである。

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