第六回

 走り続けるマルの後を追っていくと、しばらくして道路脇の茂みの前まで来た。

「ここです! ご主人」

 私は肩で息をして、花井さんは今にも倒れそうだ。

 私が茂みの中を覗くと、そこにはかさの低いダンボール箱に入れられた一匹の子犬が居た。

「これは……」

 見るとその子犬は箱の中でぐったりと横たわって、苦しそうに浅い呼吸を小刻みにしている。

「ワタシの子です」

 マルが言った。

「ワタシが駄菓子屋の主人から貰った餌を運んでここで育てていたのですが、ワタシは車に轢かれて死んじまったので、この子に食事をやることが出来ず、もう三日も何も飲まず食わずなんです」

 私は茂みから子犬の入った箱を取り出した。子犬は汚いダンボール箱の、汚い布の上に横たわって苦しそうにしている。

 私は子犬を見ながら頭の中で、すぐに動物病院に連れて行かなくてはと思った。病院はどこにあったかと思いを巡らせていると、横に居た花井さんが口を開いた。

「木原君っ、ここからすぐ近くに、私のお婆ちゃんがやっている喫茶店があるの。とりあえずその子にはすぐにお水やご飯をあげたほうが良いと思うから、行きましょ」

 花井さんは勢い強くそう言った。私は頷いて、箱を抱えて立ち上がると、マルと共に花井さんに付いて駆けて行った。


 ……しばらく花井さんの背中を追って行くと、茶色い丸太で組み立てられた、木造の喫茶店に着いた。

 喫茶店は二階建てで、二階の窓ガラスから左右にカーディガンが分かれるようにシダの葉が外壁に茂っている。入口の左右には細いながらもテラス席が有り、真鍮しんちゅうでできた重たそうな椅子とテーブルが客も無く静かに置かれている。そのテラス周りの囲いには、赤や青や黄の花の鉢が、錆びた細いチェーンで吊るされている。店は古いのに、花の手入れはよくしているのか、その赤や青や黄の花は店とは対象的に瑞々みずみずしく明るく見えた。

 私と花井さんとマルはその入口の前にある木でできた二、三段の階段を上がると、ドアに付いたベルを鳴らして店に入った。

 店に入ると、店の中は存外ぞんがいに広くて明るい。椅子やテーブルが不均等に並べられている。上を見ると、天窓の曇り硝子からやわらかに光が店内に差している。天井には大きなシーリングファンが二機、木でできた茶色いプロペラを音も無くゆったりと回していた。

「ごほん」とカウンターから咳払いが聞こえた。

 そっちを見ると、濛々もうもうと煙が立つ中に一人の人影が見えた。煙が離れると、白髪をヘアバンドでまとめておでこを出した、水タバコを加えた、目のらんらんとした老婆が居た。

「おばあちゃん……」

 花井さんが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る