第五回
私は驚いた。
「死んだ? 死んだっていうのは一体どういうことだマル」
「はあ、お恥ずかしながら……」
マルはこれまでの
「ワタシがいつものように駄菓子屋の爺さんから食事を頂きに行く時のことでした……。ほら、ご主人も覚えておいででしょう。ご主人が子供の頃によくワタシを散歩ついでに連れて行ってくれた、あの三丁目の駄菓子屋ですよ」
「あの爺さん、まだ生きてあそこで菓子売ってるのか!」
私は驚いた。
「ええ、あの爺さんです。お爺さんはまだまだ御健在ですよ。もっとも子供の頃のご主人は、散歩ついでに駄菓子屋、ではなくて、ついでなのは散歩のほうで、駄菓子を買うのが目的だったかも知れませんね」
マルの話を聞いて、色々な思い出が蘇ってきた。
少年の頃の記憶の私が、マルの散歩をしたり、級友達と自転車に乗って、青空の下、あの駄菓子屋に一直線に向かって行く。
あの駄菓子屋は店に着くといつも薄暗くて、すこし
入り口のすぐ横には、いつも白いステテコと肌着を着た爺さんが、駄菓子を買った子供達から金を取る為に座っていた。
薄暗い店内で爺さんの白いステテコ姿は、ぼうっと光っているように
店の中は仏壇の線香と、蚊取り線香と、雑多な菓子の甘い匂いが混じっていた。
「ワタシがその……、食事を貰いに行く途中にですね、その、不用意に道を飛び出してしまったものですから、トラックがガーッと来て、ワタシは、……轢かれちまったんですね」
マルは恥ずかしそうに顔を赤らめて前足で鼻を掻いている。何が恥ずかしいんだか分からない。
「そうか、それは気の毒だったな」
しかし私は続けた。
「けど、それと私を棒で叩くのと何の関係がある? 虫取り網で捕まえようとしたり……」
「そ、それはですね」
マルが続けた。
「実は非常に困ったことになってですね、ご主人に見てもらいたいものがあるんです。ここに来るまでの間、ワタシは何人もの人に話しかけましたが、ワタシの言葉が通じる人はいませんでした。ワタシは随分途方に暮れました。そんな時、ご主人が道の角を通られるのを目撃してですね、ワタシはそれを見た時、理屈ではなく何故か天啓のようにひらめいたんです。それはご主人を殴って叩いて霊体にすれば、同じ様に幽霊のワタシと話ができるんじゃないかと。よしんばご主人を殴り殺すことになっても、それは昔のよしみでご主人は許してくれるんじゃないかと。それで棒を持って道の先で待ち構えていたのです。とにかくまあ、ワタシは少しパニックになっていたのかも知れません」
とマルは勝手なことを言う。
「おい勝手なことを言うな。殴り殺されてよしみで許してたまるか。第一お前は……」
しかしマルは慌てた様子で、
「と、とにかく今はワタシに付いて来てください! 時間が無いのです!」
私は花井さんと目を合わせた。花井さんは不安そうな顔をしている。
「分かった、仕方ない。話は後だ、案内しろ」
私がそう言うと、マルはダッと
私と花井さんも追う様に走り出した。
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