第四回

 犬は二つ並んだ黒豆の様な目をパチクリと輝かせて、ヘッヘッと言っている。

「そうだ、こいつのせいで私はスクーターに跳ねられ……もとい、道路に背面跳びをするはめになったんだ」

 花井さんも犬のほうを見る。

 私が言った。

「おい! 一体何だお前は。私に何か用か」

 私がそう言うと、

「お久し振りですねぇ。ご主人」

 と犬が言った。

 ご主人? 私はじっと犬を見てみた。じっと犬の顔を見ていると、犬の顔に重なる様に、何やら私の記憶が朧気おぼろげに蘇ってきた。

「ん? なんだお前、ひょっとしてマルか?」

 私は眉間に寄せていたしわを和らげると犬に言った。

 犬は犬のくせに嬉しそうに口角を上げたような顔でニパッと笑うと、尻尾をブンブンと振って、

「ハイッ」

 と言った。

「木原君……、知ってる犬なの?」

 花井さんが私に言った。

「ああ、この犬はマルといって、昔私が飼っていた犬なんです。けれど大分前だ。私が子供の頃に飼っていた犬ですから」

 私は再び犬のほうを見て言った。

「おい何だマル。随分ずいぶん久しぶりじゃないか。それはそうと、さっきは何で私を棒で叩いたり、虫取り網で捕まえようとしたんだ。それに何で喋る? 昔お前を飼っていた時はお前は普通の犬で、喋ったりしなかったぜ」

 するとマルはブンブン振っていた尻尾をいつの間にか静かにさせて、神妙な面持ちで、

「実はですね、ご主人」

「うん」

 私は花井さんと一緒に、マルのほうを見る。

 マルが答えた。

「ワタシは、死んでしまったのです」

 

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