気付き

「皆さん、落ち着いてください。手はありますから」


 【共感覚】で記憶を覗き、変身者を暴く。現状最善の方法だが、森田が使い渋ったのには理由がある。


 対象者の脳への負担が大きいのだ。ただでさえ彼女らは肉体的、精神的にも損耗しているのだ、出来れば使用は控えたかったのだが。


 取り敢えず手近な褐色の女、モルジアナから見ていくことにする。


「失礼」


 そう言って彼女の手をとった。思わぬ反撃を受けぬためである。柔らかい、女性的な感触に少しどきりとする。手首には縄でついてしまったであろう擦過傷が痛々しいが、それ以外に外傷はないようだ。


「私の目をよく見てください」


 そう言って森田は彼女の目を覗く。女の手に力が入り、顔が強張る。


 【共感覚】を使用する。

 だが、何の情報も得られない。それに関する記憶がない、という話ではない。何の情報も頭に流れ込んでこないのだ。


「––––!?」


 おいおい! 勝手に能力渡されて、肝心なところで没収って、そりゃないぜ!?


 しかし、そんなことはおくびにも出さない。焦っていることを悟られてプラスなことなど何一つないからだ。


 さもそれが当然かのように、順番に彼女たちな目を見て回った。彼女らの手首にも痛々しい擦過傷と青痣が刻まれている。いっそ脈でも測って嘘発見器まがいのことでもやってやろうかとも思ったが、素人に出来るはずもなく断念した。


「さて」


 最後に残ったのは黒髪の少女だけ。彼女は相変わらず男たちの死体の前で、能面のような顔でさめざめと泣いているばかりだった。


 その悲痛な面持ちに、心が痛んだ。

 心情的には、彼女は除いても良いのではないか、と考える。どうせ能力が使えない限り意味のない行動なのだから、と。


 それでも意を決して彼女の手を取る。森田に触れられても、彼女は無反応だった。


 華奢な手首には、彼女らと同じように擦過傷と青痣が出来ている。


「そうだ! 重さだ! マレビト、我らの重さを確認しろ!」


 唐突に、エルフが叫ぶ。なにやら妙案を思いついたようだった。


「重さ?」


「そうだ! スカラブの指輪は外見を完全に変えることができるが、元々の体重を変えることは出来ないのだ! 男が女に変身したのならば、見た目以上にそいつは重いはずだ! ああ、どうしてこんな重要なことを忘れていたのか!」


 なるほど、確かに重要である。出来れば忘れて欲しくなかった情報だ。忘れてはいけない、とも言える。


 それを聞いた瞬間、森田は黒髪の少女を抱き上げた。それまで無反応の貫いていた少女も、今度ばかりはびくりと肩を震わせた。


 しかし、と森田は思う。


 異世界の生活環境も知らないこの年代の少女の(元の世界でも)適正体重など知るわけがない。


 考えてみろ。中学生の年頃の少女の適正体重を知る三十代のおじさん。これほど恐ろしい言葉の並びがあるだろうか、いやない。


 そんなことを頭の中で思い浮かべながら抱き上げた少女は、想像以上に軽かった。骨張った身体つきから、まともに食事を摂っていないことを窺わせる。


「すまなかった」


 緊急時とは言え、無遠慮に身体に触れたことを謝る森田。相変わらず反応は返ってこなかったが、瞳から溢れるそれは止まったようだった。


 それからまた順番に女性たちを抱き抱える。だが、成果は得られない。

 そもそも、誰も抵抗しない時点で気付くべきなのだ。変身者にとって、それらの行為は無意味だということに。


「バカな!」


 結果を信じられないのか、エルフは慌てて他の女たちを抱き上げる。徒労に終わるというのに。


「誰だ! 誰が化けている! 出てこい!」


 堪らず叫ぶエルフ。他の女性らも、互いに疑いの目を向け身を強ばらせている。洞窟内は疑心暗鬼に支配されようとしている。


 変身者を探そうにも手品の種が全く分からない。見た目を変える以外の、指輪の特性をことごとく回避するそのトリックが。他の魔法を併用しているのだとしたら、森田には看破できない。


「手詰まり、か。クソっ!」


 もういっその事六人で洞窟を出て、街まで行ってしまえばいいのではないか。お互いを監視しながらではあるが、ここで不毛な化かし合いに付き合う必要もないではないか。

 ここから街までは歩いて二日らしい。彼女らの疲労を考えれば三日ないし四日のうちには辿り着くだろう。


 そもそもが、探偵に謎を解く責任などない。殺人現場に颯爽と現れ、華麗に難解なトリックを暴く。それは物語の中の話しである。

 実際は浮気調査や人探しなどを主な生業としている、地味な仕事なのだ。


 それを忘れて、名探偵まがいの振る舞いをした自分を、森田は恥じた。無責任に状況を掻き回し、何も得られず、悪化させた。そもそも、ここは森田の居た世界とは違うのだ。元の世界の常識でしか考えられない森田が、この状況でやれることなど、初めから有りはしなかったのではないか。


 過信か。強力な力を扱えるようになったからと調子に乗った報いか。その力でさえ、肝心な時に使いこなせない。


「何やってんだ、俺は……」


 森田が独りごつ。するといつの間にか隣に居た黒髪の少女が森田を見つめる。


「お、れ? やっぱり、男?」


 初めて声を発したので少し驚いた。年齢に対して言葉がたどたどしいように感じたのは、泣き止んだ直後だからだろうか。


 やっぱり、ということは、抱き上げた時にその事に勘づいたのだろう。エルフはそれどころではないのか、気付かなかったらしいが。


「あ、ああ。すまん、成り行き上性別を誤魔化した方が話が早いと思ってな」


「別にいい。あなたは他とは違うみたいだから」


 言うだけ言って満足したのか少女はまた黙り込む。やはり他の者達にもきちんと説明しておくべきか。先程の行為で殆どの者は森田が男だと察しているだろう。それもまた、疑心暗鬼に拍車をかけているという部分もあるはずだ。


 やはり性別など誤魔化すものでは––––


「性別を、誤魔化す……? そうか、そういうことか!!」

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