解決編

「んー、はぁ。ようやく出られた」


 森田は思い切り伸びをする。久々に陽の光を浴びた気がする。灯りがあったとしても、薄暗い閉鎖空間に閉じ込められるのはやはり気持ちのいいものではない。


「貴女もやってみては? 清々しい気分になれますよ、最高にね。モルジアナさん」


 森田は同行者である褐色の女に声をかける。


「……ごめんなさい、まだそんな気分にはなれなくて」


 彼女の境遇を考えるに、確かに少々配慮に欠けた言動であった。それでも森田は続ける、まるで何でもないようなことのように。


「気分? ああ、確かに貴女はそんな気分じゃありませんよね。でも俺は今解放された余韻を味わっているんですよ。あー、最高に気持ちがいい」


「……何、それ。あなた、あたしがここでどんな目に遭わされたのか、分かってて言ってるの!?」


 あまりに無神経な物言いに、ついに女の不満が爆発する。


「突然こんなところに放り込まれて、何も見えない状態で、殴られて蹴られて、慰み者にされて、この痛みがあなたには分からないのッ!? 人としての心があなたには無いの!?」


「ああ、同情する。俺は男だから完全に分かるなんて大層なことは言わないが、人の尊厳を踏み躙る奴は殺してやりたいとすら思うよ」


「だったら––––」


「あんた以外の女性には、な」


 森田は女、モルジアナをまっすぐ見据える。


「変身者、いや、ここではあえてこう言おう。あんたが犯人だ。盗賊の頭領、ババリアさん」


「な!?」


 モルジアナはたじろいだ。その顔は驚愕で満たされている。まさかいきなり犯人に指名されるなんて思いも寄らなかったのだろう。


「問答無用であんたを引っ捕らえてもいいんだがな。ここは先人に倣って、これより俺の推理を披露することにしよう」


 ここで言う先人とは、もちろん元の世界の名探偵達のことだ。架空ではあるが。


「あんたを犯人と断定した理由はただ一つ。あんたの手首だ」


 彼女らの記憶を覗こうと森田が彼女の手を取った時、僅かに違和感があったのだ。最初は勘違いかとも思ったが、二人、三人と彼女らの手を取るたびに、その違和感は大きくなっていった。

 

「あたしの手首がなんだって言うのさ。他の女達と同じ、縄で擦りむいた傷が残っているだけの、何の変哲もない手首さ」


「同じ? 彼女たちと、お前が同じだって? 悪い冗談だ。縛られ、自由を奪われ、恐怖の象徴として刻まれたあの傷跡が、お前の逃げるためだけにつけた傷が同じ? 笑わせるな」


「だから! 何を根拠に言っている!」


「彼女らの手首にあって、お前にないもの。それは青痣だ」


「……」


 森田がそう言うと、モルジアナは押し黙った。眉根を吊り上げて、憎しげに森田を見据えている。

 そんな彼女を尻目に、森田は滔々と語る。


「長時間縄で手首を縛られていた場合、血行不良によって内出血を起こし痣が出来る。あんたにはそれが無いんだよ。そりゃそうさ、傷跡は直ぐにつけられたとしても、時間経過の必要なこれだけはどうしようもない」


 他四人の女の手首には、痛々しい痣が浮かんでいたが、一人だけそれがなかったのだ。


 反応のない女をちらりと確認し、森田は続ける。


「偵察に出ていた二人の盗賊が戻って、自分達を捕まえようとした時、あんたは外に居る何者かが自分達の手に負えないと察したはずだ。手下だったはずの男たちが何らかの理由で自分を裏切った。あるいは、元々裏切っていた。そう結論付けるには充分な状況だ」


 実際は森田の能力によって操っていたに過ぎないのだが、第三者が知る由もない。


「そんな状況を作り出せる相手とまともに戦おうとも思わないだろ。何せあんたには切り札があるからな。だから、彼らが争う隙を突いて三人を殺した。自分を知るものを全て殺して、誰が変身者なのか判別出来ないようにした。そうして女たちの中に紛れ、この状況から逃れる算段をつけた。その為の工作として、手首に傷をつけてもっともらしく体裁を整えてな。が、痣だけはどうしようも出来なかった。時間が必要な痣だけは」


 ある一部分だけを除き、森田の推理は結論を迎える。探偵は一度に全てを語らない。核心は最後の最後まで隠し持っておくものだ。


「待ちなさい! 貴女の推理は全て間違っている! 前提条件がおかしいじゃない! 盗賊は指輪を使って女に化けているのでしょう? だったら痣なんて簡単に創り出せるじゃない! それとも何? 変身者はせっかく擦り傷を作って体重まで偽装してみせたのに、痣だけを忘れていたって言うの? あり得るかしら、そんなこと」


 案の定女はここぞとばかりに反論に打って出た。


「ああ、あんたの言う通りだ。俺たちは前提条件を間違えていた。だから分からなかったんだよ」


 そう、彼らは間違えていた。森田がその間違えに気が付いたのは、あの黒髪の少女の一言だった。


「これを見てみろ。盗賊たちの四つの足跡だ。異様なのが一つ混じっているだろう? 足の大きさの割に、浅すぎるんだよ。初めは俺もたいして気にしていなかった。地盤が硬かったんだろう、と。」


 女は何も言わない。ただ冷たく、森田を見つめている。


「だがエルフの言葉でそれは大きな意味を持った。指輪で変身したものの体重は軽くなる。そして浅すぎる足跡。示すものはただ一つ」


 森田はそこで言葉を切って女の方へ振り返る。


「あんたは女に変身したんじゃない。

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