惨劇

 血にまみれ、地にしている二人の男。凶刃を振るう見覚えのある一人の黒髪の少女。

 年齢は十二、三くらいだろうか、彼女は憎悪に満ちた表情で何度も、何度も何度も男に刃を突き立てる。返り血を浴びようとも、臓物が溢れようとも彼女はそれをやめない。


 森田は思わず息を呑む。


 幾度となく凄惨な現場を目の当たりにしてきた彼だが、現在進行形で惨たらしく変わっていく遺体を見るのは初めてだった。


 はっとして辺りを確認する。


 室内を見ると、もう生きている盗賊は居ないようだ。女が四人、様々な感情で少女を見つめていた。


 彼女が殺したのか?


 疑問は残るものの、今は。


「やめろ! もう死んでる!」


 彼女を止めなければ。瞬間的にそう思った。


 森田が少女の腕を掴むと、少女は今にも泣き出しそうな表情で振り返る。ほどなくして手から剣を離し、俯いたまま動かなくなる。


 その顔は記憶の中の少女とやはり一致していた。目の前で村人を家族を殺された少女。彼女の復讐には手を貸してやりたい、だなどと考えていた森田だったが、しかし彼女の悲壮な姿を見ていると、そんな考えはそれこそ自分勝手だったように感じてしまったのだ。復讐に生きる彼女の姿は、見ていられないほど、壊れていた。


「何が起こった!?」


 ぐちゃぐちゃに切り刻まれ、原形を留めていない二つの肉塊と少女。それを遠巻きに見つめる女たち。一体これはどういう状況なのか。胃から登ってくるそれを何とか堪えながら、誰ともなく投げかける。

 想定外の出来事に頭が混乱している。それでも現状を把握しておかなければならない。


「わ、分からない。この男たちが入ってきたと思ったら、突然……」


 女の中の一人が答える。ボロ布を一枚羽織っただけの粗末な格好。身体には痛々しい痣と、烙印。それとは反対に一切傷つけられていない整った顔立ち。


 捕らえられていた娘の一人のようだ。


 森田がさらに娘に質問しようと口を開くと同時に、


「––––『ブラスト』!!」


 壁に叩きつけられた。

 あまりの突然の出来事に、声すら出せなかった。


「貴様は誰だ!? 返答次第では、ここで殺す。エルフの誇りを穢されたこの屈辱をあがなうには、貴様の死ですら生ぬるい!!」


 ボロ布を見に纏った、憤怒の表情に塗れた美しい女。金色の長髪からは長い耳が見える。森田でさえ知っている有名種族、エルフの典型的な特徴だ。


「ま、待て……!」


 そう言おうにも目に見えない謎の力で押さえつけられ、ろくに言葉を発することができない。返答次第と言う割には話し合う気はないらしい。


 多少怪しまれるとは考えていたが、ここまで反発を受けるとは正直思っていなかった。それだけここでの扱いが過酷だったということだろう。誰も信じられなくなる程度には。


「た、たすけに、きた……!」


「嘘をつけ!! どうせこいつらの仲間だろう! 仲間割れだかなんだか知らないが、この好機を逃して、なる、もの、か……女?」


 エルフの威勢が次第に削がれていく。森田の顔をまじまじと見て、呆けたような顔をした。


 ふっ、と謎の力が解けた。解放された瞬間、森田は喘ぐように空気を肺に送り込む。


「その首の聖痕、そうかお前、マレビトか……」


 エルフの女は何かに納得したように、そう呟いた。どうやら敵対認定は許されたらしい。


 いやいや、そんな簡単に信用する?

 こっちとしては有難いけど、本当に俺が敵だったらどうすんだよ。


 森田は彼女を内心心配するが、勿論声には出さない。


「失敬、少々気が立っていた。私はアイリス・フィガロ・エルエンド。エルエンドの地に住まうエルフの一族の末裔だ。貴女は?」


 エルフの少女、アイリスが問う。森田は少しばかり逡巡し、


「リタ、リタ・スミスです。皆さんの救出に来ました。決して敵ではありません」


 そう答えた。彼女たちがここでどう扱われていたか、想像に難くない。男として接するよりも、同性と思わせておく方が精神的負担も少ないのではないかと考えたのだ。森田としてもこれ以上揉めるよりも勘違いをしたままの方が都合がいい。


「もう敵は居ません。逃げ出すなら今です。わたしを信じられないかもしれませんが、しかし––––」


「いや、信用しよう。探索魔法で一帯を探ったが、確かに周辺は今ここにいる者たちだけのようだ。貴女がマレビトならば、私が貴女を疑う理由もない」


 エルフは言う。その信用がどこから湧いてくるのか疑問に思ったが、森田としても後ろ暗い背景があるわけでもないのでその言葉に乗っかることにした。


「ありがとうございます。ところで、あれは一体……?」


 森田が二人の男だったものを指差す。彼らに与えた命令は盗賊を捕らえること。だと言うのに、結果は三つの死体が並ぶこの惨状。せめて経緯だけでも知らなければならない。


「分からない。突然何かが部屋に入ってきたことは分かったのだが、部屋の中を確認する頃には三つの死体が転がっていたのだ」


 エルフの表現に違和感があるのは、致し方がない。彼女らはこの部屋の中で逃走防止のため手足を縛られ、頭にはずだ袋を被されていたのだ。それは男の記憶を覗いた時点で分かっていたことである。


「他の方は? 誰か説明できる人は居ませんか?」


 他の女たちに問いかけるが、皆エルフと同様らしい。つまり、彼女たちの拘束を解く前には、既に彼らは死んでいたことになる。


 だとすると、


「では、皆さんの拘束を解いたのは誰ですか?」


 当然の疑問が持ち上がる。


「それは、私と彼女です」


 恐る恐るといった具合で、一人の少女が手を挙げる。見た目は十七、八くらいで少し茶色がかったショートヘアの少女。名前を聞くとミサと名乗った。


 そして彼女が指した赤髪褐色の肉付きの良い女。見た目は二十歳そこそこだろうか。名前はモルジアナだと言う。


 ミサが続ける。


「ここに彼らが入ってきてから、すぐに手首の縄を誰かに切られたんです。でも、私怖くて、しばらく動けなくて、そしたら音が止んで、ちょっと様子を見てみよう、って袋を脱いだら、この人たちが死んでて……。それから皆んなの縄を解いたんです。ごめんなさい、役立たずで……」


「あ、あたしも同じよ。しょうがないじゃない! このまま殺されてしまうんじゃないかと思ったの!」


 モルジアナもそれに同意する。


「責めている訳ではありません! 貴女たちの気持ちは理解できますから」


 縄を切ったのは命令を下した彼らだろう。

 その後彼らは誰かに殺された。


 誰か?


 ここに居ない人物しか居ないではないか。


「盗賊はもう一人居ましたよね? 盗賊の頭領が」


 ここには森田と三つの死体を除き女性しか居ない。情報では盗賊は五人。外に転がしてきた一人と、ここに転がっているのが三人、一人足りないのだ。


「そう言えば! 奴はどこに行った!?」


 エルフが吼える。


「秘密の抜け道で逃げた? もしくは隠し部屋があるとか」


 男の記憶にはそんなものはなかったが、しかし頭領が仲間にも隠してもしもの事態に備えていたという可能性は十分ある。


 だがエルフは否定する。


「私の魔法はこの辺一帯を全て感知できるのだ、間違いなくここ以外に誰も存在しない! この僅かな時間に範囲外に逃げ切ることなど、人間の脚では到底叶わない!」


 魔法ときたか。

 確かに盗賊から奪った記憶の中にその存在の知識はあった。だが、その使用者が目の前に立っていると思うと不思議な気分である。


 しかし、そうなると奴はどこに消えたのか?


 ここには森田を含め、五人の女性だけ––––


「五人?」

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