二対一

「かかって、こいやぁああああ!!」


 聞き覚えのない叫び声に、一瞬怯んだのか、足音が途切れる。それから仲間の身に何が起きたのかを察したのだろう、こちらに向かって駆け出した気配。


「誰だテメェ!! ブッコロす!!」


 初めに見えたのは先ほどの男に負けず劣らずの大男。既に抜刀し、血走った目で森田に斬りかからんと迫ってくる。


「女!? なんでこんなところに一人で? いや……」


 その後方に小柄の男。こちらも右手に剣を持ち、大柄の男と少し後ろに距離をとっての位置取りだ。目線は森田の後方に向けられている。


 後方の奴は少し厄介かもしれない。

 まずは一人さっさと処理しよう。


「来い、ノロマ野郎。そのなまくらで俺の頭をかち割ってみろ」


 安い挑発で男を煽る。

 自身の力量を過信した訳では勿論ない。これも新晴の能力の一つ。


【思想統制】


 自分の思想を他人に押し付ける能力。十全に作用するまで相当の時間が掛かるものの、発動すれば性格、思考、価値観に至るまで完全に書き換えることのできる異常な力。

 声に乗せる程度に力を振るったとしても、行動を誘導出来るくらいには強力であった。


 男は走る勢いそのまま、上段から剣を振り下ろす。森田は瞬間翻って男の懐に入り、伸び切ったその腕を掴む。そのまま男の勢いを利用してその巨体を宙に舞い上げる。


 一本背負い。


 もちろん男は受け身など知るはずもなく、ましてや競技用の畳ですらない。まともに背中から強烈に叩きつけられた男がどうなったかは推して知るべしだ。


「ナニィ!?」


 一方、巨体の影に隠れて森田を見失っていたもう一人の男は、あまりに突然のことに足を止めて驚愕した。彼の目には突然現れた細身の女が、それこそ強力な魔法を使ったようにしか見えなかったのだ。


「今だ!」


 森田は叫ぶ。意味を持たない言葉。しかし目の前の男には違うようだ。


「!?」


 その言葉を聞いて男は固まった。背後の茂みから一斉に増援が来るものだと思い込んだのだ。普通に考えれば、盗賊のアジトに単身で乗り込んで来ているなどとは思わないだろう。


 ならばその常識を利用しない手はない。

 一瞬だけ間を作れれば充分だった。


 森田は素早く、地面でもんどり打つ巨漢の頭を鷲掴みにし、【思想統制】で思考を停止させた。接触による効果時間は五分程度だが、目の前の男を倒すには余りある時間だ。


 見えない敵に身構え、男は森田から束の間目線を切っていた。


 だから反応に遅れた。森田が男の間合いに入ったことに。


 男は咄嗟に剣を振るった。体制の崩れた力のない一撃。ふたたび間合いを取ろうとする、繋ぎの一振り。


 森田の狙いはまさにそれだった。


「なっ!?」


 森田は左手に巻き付けた即席ロープで剣を受け止めた。掌にはナイフ用の鞘が仕込んである。渾身の攻撃を受け止めるのは難しいが、牽制のための苦し紛れを防ぐくらいは容易である。


 一歩踏み出し防いだ逆の手で男の胸ぐらを掴み、足を刈る。すると男は気が抜けたようにストンと地面に座り込んだ。すかさず後ろに回り込み、腕を首に回す。


 こうなれば終わりだ。


 下半身の力が使えない状態で剣を振り回したところで威力もなく、更に加えて森田の方は数秒時間さえあれば良かったのである。


「【思考停止】しろ」


 そう言い放つと、男はかくんと首を垂れて力を失う。言葉と接触による停止命令はてきめんだ。


「ふぅ。効果は抜群だが、やっぱ面倒な能力だ」


 行動誘導はともかく、思考停止ともなると対象者の頭に接触しなければ効果を発揮しない。対面した相手に使うには不向きな能力である。


 だからこそ、組み伏せたり奇襲したりと手を尽くしているのだ。


 ああ、肉体労働は性に合わねぇな。


 森田は大きく息を吐いた。


「さて、と」


 動かなくなった二人に向き直る。これから彼らにも働いてもらうことになる。小柄な方を引きずり、二人を並べる。そして、二人の頭にそれぞれ手を当てる。


「さぁ、お前たちにはお仕事をしてもらいます。何、簡単なことさ。お前たちはこの盗賊団に潜入していた有能な捜査員だ。元がどうだなんて関係ない、今からそうなる。そうだろ?」


 手に力を込める。二人は熱に浮かされたように、眉根に皺を寄せて呻く。


「さて、新たな指令だ。頭とその手下を『捕まえろ』。無傷とは言わないが、『殺すな』。なぁに、お前たちは組織には充分溶け込んでいる。直前まで気付かないはずさ。だからこそ一瞬で『拘束』するんだ。反撃を許さないほど一瞬で、な。分かったか?」


 森田が問うと、二人はゆっくり頷いた。

【記憶改竄】で作り物の記憶を植え込み、行動を誘導する。これで二体二、しかも非常にこちらに有利な構図の完成だ。


「行ってこい!」


 その言葉と同時に、弾かれたように走り出す二人。それを見送りながら、腕に巻かれた即席ロープを外した。


「もう使い道もないか」


 そう言ってロープを解いて、いそいそと身につける。さすがに肌着のまま洞窟内を行くわけにもなるまい。


「そろそろ終わった頃か」


 森田は二人の後を追ってゆっくりと歩きだす。


 さて、盗賊をとっ捕まえたらどうすれば良いんだ?

 さっきの奴からもっと情報を引き出しておくべきだったか。


 そう思うものの、あの状況では最低限の情報を引き出すに留めざるを得なかった。増援が来ることは分かり切っていたし、拙速を尊ぶことこそ最善だった。


「まぁ、後から聞き出せば良いか。残る二人は戦力的には他三人には劣るようだし。ここから先は消化試合みたいなもんか」


 被害者救出後にじっくりと情報を引き出そう。


 しばらくすると淡い光が見えてくる。洞窟の最奥、女性たちが監禁されている広めの空洞があるはずの場所。有事に備えてゆっくりと近づいて行く。


 すると何かにつまずいた。転倒は免れたが、暗闇のせいで足元の何かに気が付くのに遅れてしまった。


「あっぶねー、なんだよ、ったく……え?」


 目を凝らして地面を確認する。隆起した岩か何かに躓いたのだとばかり思っていたが、違う。


 頭だ。


 人間の頭が胴体から切り離された状態で無象さに転がっている。


「––––!?」


 この顔には見覚えがあった。

 リグル、盗賊の記憶を覗いたときに浮かんだ仲間の中の一人。その顔に浮かぶ表情は。


「何が起こっている!?」


 森田は慌てて部屋へと突入する。


 そこは、地獄だった。

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