尋問

 新晴聖の特異性は、七十二人も殺したというのに捕まらなかった所にある。科学捜査の精度が進んだ現代において、これ程までの大量殺人鬼が野放しになっていたことこそ異常なのだ。


 新晴聖の身体になってから判明したことだが、この男は異常だった。精神だけではない。能力こそ異常なのだ。


 これは、その異常の一端。


「さて、質問だ。この中には一体誰が何人居る?」


 男は目を見開いた。

 当然だ。先ほどまで意味不明な言語を発していたはずの森田が、『言葉』を話したのだから。


「……この中に居る盗賊はコイツを含めて五人。なるほど、見張り役が一人常駐していたか。女は四人、複数の村から攫ってきたのか、ダグ」


 男は驚愕している。洞窟内にいる者たちの内訳を知っていることは、まだ理解できる。内部にスパイが居て、情報を流したと考えれば辻褄が合うからだ。


 しかし、名前は別だ。


 男は長らく、ウィルという名で活動していた。団内では勿論、手配書にすらウィルと記載されているのだ。肉親は既に死亡しており、自身の名前を知っている者など自身をおいて他に存在しないのだ。


「タック、リグル、ドノバンに、頭領のババリアか。洞窟内部の構造は……、なるほど、これは使えそうだな」


 次々と男から必要な情報を抜き取っていく。男は訳がわからず、目の前で行われている有り得ない状況を呆然として見つめていた。


【共感覚】


 新晴聖の持つ異能の一つ。

 ミラータッチ共感覚という、対象者が第三者に触れられている感覚を、自分の感覚のように感じてしまう現象があるが、新晴のものは更に深い。


 その感覚を発端に、まるで対象者が自分自身にしか感じられなくなり、やがて精神が一体となる。短時間の同調では表層的な記憶しか得ることは出来ないが、完全に一体となれば記憶、経験、思考、技術も全て共有することが出来る、らしい。


 新晴聖の記憶を探った結果判明した能力であるため、理屈云々は聖のなかで構築されたものだろう。


 森田も、この身体になってから酷く驚愕した。こんな人間が存在しているなど、実際に体験してさえも信じることが出来なかったくらいだ。


 刑務所に入ってからはこの能力に悩まされもした。特に悪人に共感しやすいのか、様々な囚人の記憶が流れ込み一時期精神異常をきたしたほどである。


「近くの村に駐留している部隊は二十三人……村はほぼ全滅か。一人だけ攫ってきた娘がこの中に……。チッ、年端も行かない女に、惨いことを。やっぱこいつやっとくか」


 森田は男に剣を突き刺した。


「––––––––––––ッ!!?」


 ばちん、と何かが千切れる音。男の絶叫は、しかし猿轡に阻まれ響くことはなかった。森田は男のアキレス腱を断ち切ったのだ。


「暴れるなよ、出血多量で死んでもしらねぇぞ」


 そう言い放つと、男は顔を青くして静かになる。


 やっぱり悪人の頭の中なんか覗いても、良いことなんて一つもありゃしねぇな。


 男の頭の中で思い出された下卑た記憶が、森田の心を沈ませる。胸糞が悪くなるような映像が頭から離れない。村の住人を、家族を目の前で惨たらしく殺された上、少女は男たちに––––、なんて地獄のような光景が、脳裏にこびりついて離れない。


 本当に殺してやろうか。


 そんな考えが森田の中で湧き上がって来る。


 森田も日本において凶悪犯の記憶を多数目にしたことはあるが、いつまでも慣れることはなかった。いつだって怒りが、憎しみが、森田を蝕み続ける。少女の怒りを、無念を想像するだけで、目の前の男の心臓に今すぐ刃を突き立ててやりたい衝動に駆り立てられる。


 それでも森田は、頭を左右に振って無理やり感情に区切りをつけた。


 止めよう。

 俺は記憶の中の彼女ではないのだ。彼女の受けた傷を、自分のために晴らすべきではない。


 元々、森田は他人の感情に聡く、怒りや悲しみに強く共感するきらいがあったが、新治の身体になってからというもの、それが特に顕著に顕れるようになった。【共感覚】の力の所為もあるのだろう。今の森田は、自分と他人との境界線が非常に曖昧な状態だった。


 だからこそ、自分にしっかりと言い聞かせる。他人は、自分ではないのだと。


 彼女が復讐を望んだとしても、それは自分自身の手で果たされなければ意味がないのだ。


 森田自身、そのことは痛いほど承知していた。


 森田は大きく強く息を吐いて、男に背を向ける。男の処遇は彼女らを助けてからにしよう。せめて彼女が本当に望むことをしてあげよう、と森田は思った。自分にできることなど、本当にたかが知れているのだ、と。


 さて、そろそろ時間だ。


 哨戒しょうかいに出した仲間がいつまで経っても戻らないのだ。そろそろ外に異常があることに気付いて出てくる頃合いである。


 恐らくは二人は洞窟内に残るはずだ。女の見張りと外への警戒。男の頭を覗いた限り、盗賊たちは集団が攻めてきたとは考えていないようだ。武装した集団や国の討伐軍が攻め込んできた場合、村の方から仲間が知らせに走るらしい。


 来たとしても、雨風凌げる場所を探し旅人が迷い込む程度。


 つまり彼らは油断している。


 そう考え、森田は洞窟へと向かう。

 洞窟の前に着くと、入り口に陣取って敵影を待った。


 すると間もなく、


「ウィルの野郎、何サボってやがんだ! オレ様の時間を邪魔しやがって! ブッ殺してやる!!」

「おい、ウィル! 拗ねんじゃねえよ、お前のお楽しみの時間だって後でたっぷり作ってやるからヨォ」


 近づいてくる二つの気配。


 二人の話の内容からして、現在進行形で中には地獄が広がっているのだろう。


「今度はテメェらが地獄を見る番だ」


 森田は腰を落とし、臨戦体制を整える。それからふぅ、と一息吐いて気を引き締める。


「かかって、こいやぁああああ!!」

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