行動開始

 決意を固めた森田ではあるが、しかし、まさか単独で正面から乗り込むわけにもいかない。情報の収集が優先、そこから対策を考えねばならない。森田は無鉄砲ではあるが、無策で突っ込むほど無謀ではない。


 森田は姿勢を低くして洞窟の入り口近くを念入りに確認する。


 足跡が複数ある。少なく見積もっても四人は中にいるだろう。森田のつけた足跡と見比べて深く跡が付いていること、足の大きさから判断して、大柄の体格をしたものが二人。小柄なものが一人。いずれも片方の足跡の方が若干深いことから剣のような武器を携行しているのが予想された。


 ただ、不可解な足跡が一つある。


 大きさ的には前者の二人のような大男であると予想されるのだが、それにしては体重が軽すぎるのだ。後者の足跡よりも更に浅いそのアンバランスさに、森田は違和感を覚える。


 それに野盗にしては人数が少なすぎる。森田に盗賊の経験はないが、感覚的にはもっと大所帯な集団であるように思う。旅人専門と言うならいざ知らず、集落を襲うのならばこの何倍もの人数が必要なのだ。


 となれば、ここは本命の住処ではないのではないか、と森田は考える。


 この周辺にここ以外の盗賊の隠れ家がある可能性は頭の中に入れておかねばならない。


 森田は周囲を見渡した。正面におおきな岩山、周囲には雑木林で覆われ、洞窟の場所を知らなければ存在すら認知できないだろう。


 奴らにとっては好都合な場所。


 だが、それはこちらにとっても同じことだ。

 気が付かなければ増援を送ることもできないのだからか。


「よし、やるか」


 森田はそう言うなり、洞窟内に向けて小石を放り投げた。


 カツンッ、と小気味いい音が洞窟内に響く。


 森田は素早く雑木林に身を隠す。


 少しの間があり、暗闇からぬっ、と大男が辺りを見回すように外に出てきた。目測だが、今の森田の身長より頭二つ分は大きいであろう巨漢。麻のような素材の小汚い服装で、腰には剣を携えている、いかにも、といった感じの男だった。


「Hiw da woff elo via!?」


 やはり聞きなれない言語だった。男の顔立ちからして、コーカソイド(白色人種)に見えるが、聞こえてくる言語は英語ではないように思う。


 男はその場で周囲を警戒した後、人影がないことを確認したためか、鼻を鳴らして踵を返そうとする。


 おいおいおいおい、待ってくれ! そんな杜撰な確認があるかよ!?


 森田は少し焦る。これでは作戦が台無しである。


 そりゃあ、やる気のある奴が盗賊に身を堕とすとも思ってないが、それにしたって周辺警戒すらまともに出来ないような奴を使いに出すなよ!


 森田は心の中で毒付くと同時に、少しばかり安堵を覚えてもいた。この程度の人材が警戒任務に就いているのだ、盗賊団の質が知れる。


 しかし、状況としては最悪である。


 ここでなんとしても一人仕留めなければ待っているのは洞窟内での一対五。ただでさえ無茶な救出作戦だというのに、そうなってしまっては目も当てられない。


 気付け! どうにか気付いてくれ!


 森田が祈るような思いでそれに息を吹きかけてみる。距離的に届くわけもないのだが、縋るような思いで懸命に空気を送る。


 ぱちっ、と爆ぜた音が響く。


 男がはっ、とした表情で振り返る。


「Bennad! Dwed gezdelb TAKK!!」


 ズンズンと怒気を孕んだ顔で森田の元へと向かってくる男。彼我の距離は徐々に縮まっていく。

 一歩二歩、森田は生唾を飲み込む。その音さえも相手に聞こえてしまうのではないかと、緊張が全身を支配する。


 同時に、アドレナリンの過剰分泌で自分が興奮しているのが手に取るように分かる。先程限界まで歩き回った疲労など嘘のようになくなり、気力がみなぎってくる。


 五メートル、三メートル、一メートル。そして男は森田の足元までやって来た。


 男が気付いたのは焚き火の不始末だった。未だくすぶる薪を、森田は木の根元まで移動させていた。


 ここは周辺を雑木林に囲まれた立地である。ここで火事が起きればどうなるか、想像に難くない。


 周辺警戒をおざなりに済ますこの男が、失火すれば危険だという頭を持っていたのは僥倖ぎょうこうだった。


 焚き火をどうにかしようと男が屈んで首を差し出した、その瞬間。


 森田は木の枝から飛び降りた。


「Heg!?」


 呻き声を上げて巨体が引き起こされる。首には何かが巻き付いて食い込んでいる。


 あんまり暴れてくれるなよ。


 何せ上着とズボンを組み合わせただけの即席ロープである。捻って強度を上げたつもりではあるが心許ない。


 男は初めこそ顔を真っ赤にして苦しそうに足掻いていたが、ものの数秒で体全体を弛緩させた。

 頸動脈洞反射けいどうみゃくどうはんしゃによる失神。極まってしまえば、屈強な柔道家ですら抗えない。


 ぱっと即席ロープから手を離す。男は力なく地面へとつんのめって、そのまま静かに倒れこんだ。


 森田は油断なく男の手を踏み、腰から下げた剣を奪い取る。それから男の腰からベルトとナイフを革製の鞘ごと抜き取る。


「ベルトはどの程度の強度だろうか」


 力を込めて引っ張ってみるが、どうやら千切れる心配もなさそうだ。適当な太さの木のそばまで男を引きずり、仰向けのまま頭上に手を上げさせる。木の幹の裏に手を回し、それから手首をキツく縛り上げる。


 男の服を適当に何箇所か破り、一つは丸めて口の中に、一つは絞り上げて猿轡のように噛ませる。


「はぁ、はぁ、こんなもんか」


 こんな連中でも死んでしまっては寝覚が悪い。森田は男の足首を掴み、そのまま上に引き上げた。


「!?」


 一瞬で男が覚醒する。

 状況を飲み込めないのか、慌てた様子で辺りを見回し、森田を見つけるや否や、言葉にならない喚きを撒き散らし始めた。


「ああ、ああ、もううるさい!」


 森田が男の顔の横に剣を突き刺すと、男は沈黙した。言葉は分からなくとも、自分の命が森田に握られているのだと理解したようだ。


「大人しくしてろ、今『解る』から」


 そう言って森田は男の顔を両手で掴み、その青い目を覗き込んだ。

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