起きた。

 目が覚めた。


 目が覚めた?


「どこだここ」


 殺風景な部屋。無骨なトレーニング器具。ダンベル。ありがちな透明机。


「お。起きたか」


 女。


 服を着てない。


「おい」


 女の身体。傷が。身体中に。


「調子はどうだ?」


 調子。わるくない。熱くてだるくて痛かったのが、うそみたいだった。


「わるくない、かも」


「ならよかった」


 女。シャワー明けらしい。タオルで身体を拭っている。身体中の傷が、伸びたり。縮んだり。


「あ?」


「あ、ああいや」


「傷だらけだろ。わたしの身体」


 なんと答えたものか。


「こんなんだから、この年まで男にさわったこともない」


「俺にはさわったくせに」


「人生初だよ」


 生きている。自分は。


「死ぬかと思った」


「そっか」


 女が。隣に座ってくる。ここは。女のベッドか。左側。女の右腕。数えきれない小さな傷と。いくつかの大きな傷。胸まで伸びているものもある。


「傷はあるけど、胸の形は意外と綺麗でしょ」


「そうだな」


 目をそらす。あまり、よくない。


「いいよべつに。どうせ使えない身体だし」


 使えない?


「死にぞこなってる身体だよ。傷ばっかり増えてさ」


「死にたいのか」


 ちょっとだけ、無言。


「うん」


 また、少しだけ。沈黙。


「攻撃衝動、って言うのかな。誰かとか、何かとかじゃなくて。自分を。壊してしまいたくなる。無性に」


 女。ベッドの上で体育座り。下半身にも。これでもかというほどに、傷。


「だから、何か、はやく死んでしまおうって思って」


「死にぞこなってるのか」


「うん。昨日の夜の仕事も、生き残っちゃった」


 街がどうとか、言ってたか。発熱していたときのことは、ふわふわしていて思い出しにくい。


 でも。なんとなく、分かることがあった。


「人の役に立ちたいのか?」


 女。

 こちらを見る。綺麗な顔だった。そしてすぐ、体育座りに顔を埋める。


「やなこと言うね」


「街を守ったんだろ?」


「うん」


 沈黙。ベッドのシーツが、ちょっと、ちくちくする。


「壊してしまいたいの。わたし自身を。でも、壊せないの。綺麗だったから」


 綺麗。たしかに、いい身体で、いい顔なのかもしれない。


「だから、必死に。必死にやったよ。自分で傷つけられないから。戦場に出て。戦って。戦って戦って」


 傷が、ちょっと動く。


「それで、こうなった。傷だらけで、死ねなくてどうしようもない、わたしが。注射1本程度の熱じゃ、くたばらない、強いわたしが。わたし」


 そこで、声がつまった。


「おまえ、男にふれたことがないって、言ったよな」


「うん」


「大事だったんじゃないのか。自分のことが」


「わからない」


 女の体育座りが、解かれる。

 通常座り。彼女の右側の傷が、動く。


「愛されたいの?」


「は?」


 急になにを。


「顔がコンプレックスで、誰彼構わず好きになってしまうのに。マスクもしないで外にいる」


 痛いところを衝かれたかも。


「本当は、愛されたいんだ?」


「やなこと言うね」


「仕返しだよ」


 これ以上喋っていると、だめかもしれない。

 立ち上がる。


「一宿の恩だな」


「ん。寝てていいよ。まだつらいでしょ?」


「いや。治った」


 うそ。関節はちょっと痛い。でも、それだけ。動けないわけではない。


「飯作ってやるよ。何がいい?」

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