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 今まで、1度も男にさわったことないのに。

 ややあって、今、こうして男を抱いている。胸に男がフィットしている。そして熱い。大丈夫なのかこれは。


「はぁ。しんどいな」


 たしかに。しんどそう。


「おまえなんでそんなに普通にしてんだよ」


「いや、わたしも普通に発熱してるし関節も痛いけど」


「じゃあつらそうにしろよ」


 どんな八つ当たりだよ。


「慣れてるから」


 そう。慣れてる。そして、知っている。この程度で自分の身体が、死なないことも。


「慣れてるってなんだよ。慣れてるって」


「殺し合いが生業だから」


 あっ言っちゃった。まぁいいか。歌を勝手に聴いちゃったわけだし、これぐらい言っても。


「明日街が存在するように、いつもよく分かんない何かと殺し合いしてるの。今日もこれから殺し合いに行く。街を守るために」


「なんだそれ」


 だよね。信じてもらえるわけでもなし。


「いいな」


「いい?」


「やりがいあるじゃん。街が守られるっていう、なんか、こう」


「正義の味方的な?」


「そう。ヒロイックな陶酔」


 ヒロイックな陶酔。自分とはまったく無縁の単語。


「死にたいだけだよ、わたしは」


 胸の中の男のほうが。死にそうだけど。


「俺は」


 喋りにくそうだったので、多少、胸の位置取りを変更。


「俺は。誰かと心から付き合いたかった」


 誰かと。心から。顔のせいか。


「顔関係なく。誰かと心を、通じ合わせたかった。歌うのは、声が特殊だからじゃない。歌うのは」


 痛そうにしている。関節か。


「俺が歌うのは」


 息も絶え絶えになってきた。


「誰かの心に。俺は」


 それだけ言って。

 ぐったりした。


「おい」


 反応が少ない。


「誰かの心に、なんだよ。おい」


「好きになりたかった。誰かと。心から」


 それだけ言って。

 胸の中の男は。

 静かになった。


 もう、動かない。

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