第5話

 ちょっと、運命を感じる。午前中にすれちがった人が、たまたまビルの屋上にいて。歌を歌ってた。


「おっ、と」


 男がよろける。飛び降りる感じかと思ったけど、逆だった。ビルの先端とは、逆方向に。倒れる。


 駆け寄って、後ろから抱く。余裕。

 思えば、2回目の初めて。男の身体。意外に筋肉質。


「おい。見んなよ」


 男が、顔を手で隠す。ゆび。綺麗。


「見てないけど」


 本当だった。男の、指と首。それしか見てない。ちょっと、どきどきする。この年まで生きてきて、感じたことのない高まり。


「注射打ってきたから、ふらふらなんだ」


 あ。そっか。


「わたしもだよ。午前中に」


 あそこですれちがったのは。おたがいに同じ場所同じ目的だっただけか。


「はぁ」


 男が、指をもとに戻す。顔は、一応見ないようにしている。


「くらくらする」


「歌ってたから?」


「いや、普通に。ひじ関節も痛い」


 普通に、貼り紙してあったリスク。


「だるいなぁ」


 男を抱えたまま。顔も見れない。首見てる。首。


「だるくないのか?」


「わたしは、まぁ、慣れてるから」


 多少発熱して身体が痛い程度では、死にはしないし。


「聴いてた?」


「聴いてた」


 歌。


「心。ふるえた?」


 なんか死にそうな声だな。


「よくわかんないけど」


「そうか」


 残念そうな顔。


 顔?


「あっごめん顔見ちゃった」


「あ?」


 怪訝けげんそうな顔。

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