第2話

 これを打つと、数日間発熱と倦怠感と各関節痛などのリスクがあります。でかでかと、貼り紙してある。

 分かりきったことだった。歌ったりしてても人は死ぬ。注射1本でも死ぬ人間は死ぬだろう。


 依頼は休んだ。意味のある依頼ではなかった。この曲ができなくたって、世界に何か影響があるわけでもなし。

 誰かの心を、震わせたかった。自分の曲で、誰かの人生の、そのどこかに。心のざわめきを作ってみたかった。自分の顔や身体ではなく、曲で。心で。

 そう思うだけで、叶うことでもなかった。自分独自の楽器だからということで、めずらしがって依頼が続くだけ。意味のないものばかり。


 はい、ちくっとしますよ、とかいう最後通牒。いたいっ。いたたたた。なに。なんなのもう。なんでこんな痛いの。看護師さんの、にこにこした顔。それだけで、ちょっと、嫌気がさす。


 昔から、顔がよかった。そのせいで女はどこまでも追ってくるし、男からは妬まれる。まともな人生ではなかった。生きること自体に、味がしなくなってきている。


 なんかこう、ちょっとふわふわする。

 基本的に健康体なので、こういう、身体の異状には強くなかった。死んでしまうんじゃないかとさえ、思う。どうでもよかった。これで死ぬなら、それは、それで。数日間といわず、俺が死ぬまで蝕んでくれていいのに。


 そういえば。

 病院に行くまでの、通りで。そう。ここ。ここで、すれちがった女。

 なんか、変な感じだったな。

 だいたいは女男関係なく、まずこちらの顔を見る。そして、なんか、気色わるい笑顔を浮かべてくる。そういう、うざいやつら。

 それとは違う、視線の動きだった。首。いや、指か。なんか、顔ではないところを見られていたような気がする。その視線の動きが、今までの誰のものでもなくて。


 いや。


 俺も、気色わるいな。


 通りすがりの人間の、視線なんか気にして。


 それでも。


 顔を見られなかったのは、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。うれしかった。


 ふわふわする。


 なんか、少し。


 いい曲が、歌えるかもしれない。

 数日間の発熱と倦怠感と、あとなんだっけ。なんかこう、痛み。そのなかでも、自分自身の、独自の楽器は、音を待っている。


 人のいないビルでも、探すか。

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