はなうた (Hi-sensitivity)

春嵐

第1話

 これを打つと、数日間発熱と倦怠感と各関節痛などのリスクがあります。でかでかと、貼り紙してある。

 分かりきったことだった。小さな傷ひとつでも人は死ぬ。注射1本でも死ぬ人間は死ぬだろう。


 仕事は休めない。冗談ではなく、自分がいないだけで街がまるごと吹っ飛ぶこともある。

 でも、べつに街がなくなってしまってもいいかなとは、思わないでもない。どうでもいいことだった。自分が死ねるなら、どんな仕事でも、どんな世界の危機でもいい。何かに突っ込んで、何かと引き換えに死ぬ。そういう生き方がしたかった。わたしにとっての戦場。どんなものでもいい。


 はい、ちくっとしますよ、とかいう最後通告。特に何も感じない。こんな仕事だから、身体中は傷だらけだった。およめにいけないとか茶化してるけど、実際のところ本当にどうでもよかった。誰かにさわられたこともない。わたし自身を表すような、ぼろぼろの身体。


 なんかこう、ちょっとふわふわする。

 仕事柄、身体に穴が空いたりとか、言葉が奪われたりとか、そういうのは普通に経験がある。それとは違う、なんか、こう。ふわっとしたような。


 目の前の。


 ひと。


 細い指。

 首もと。


 気になった。

 ちょっと、心臓の鼓動。


 今更。なんかありがちな、恋愛みたいな感じの胸の高鳴り。人生で初めての恋の予感。

 ばからしい。どうせ、ただのリスクなのに。

 数日間の発熱と倦怠感と、あとなんだっけ。なんかこう、痛み。それがはやく来ただけ。

 少しだけ、落ち着いた。

 振り返る。


 さっきのひと。


 いなかった。


「ばかみたい」


 心臓の鼓動も、高まる体温も。普通に戻ってしまっていた。

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