第5話 新入生歓迎パーティ
本格的に授業が始まれば、レポートとテストの繰り返しで魔法学校の日々は忙しく過ぎていった。
同学年は七十五名、それが成績順にAからCのクラスにわけられている。
裏庭で見たデリックはヘレンと同じAクラス。だが、いつも一人で、彼が誰かと親しげに話しているところを見たことがない。授業でも皆から離れて座っている。
昼はあの木の下が定位置らしく、本を積み上げて授業ギリギリまで読み耽っている。
まぁ一人が好きな人も、変人も多い学校だから気にするほどのことはない。
『あ、見つけた』
入学して1ヶ月後のこと。
いつもの木の下で、ヘレンがデリックに話しかけると彼はびくっと野生動物のように震えた。
その動作で頭に止まっていた鳥が驚いたように飛んで行く。
『……カークランド、さん』
『ヘレンでいいわよ。ごめんなさい、また鳥を驚かせちゃった』
木を見上げて言えば、デリックは首を傾げる。
『鳥って?』
そう返されると思っていなかった。思わずデリックの顔をマジマジと見てしまう。
今日も相変わらず身だしなみは最悪だ。いつ洗濯したのかわからないほどシャツもベストも汚れてよれよれ、ローブはペンキか何かの色が無数についている。
『いつも乗ってるでしょう、頭に』
『?』
ヘレンが自分の頭を指さすと彼は首を傾げた。
本当に知らなかったのだろうか。まさかそんな。
(まぁいいか)
こほんと咳払いをする。
今日話しかけたのは用事があったからだ。ヘレンは持っていた羊皮紙を差し出した。
『新入生歓迎パーティーのお知らせ。教授にみんなの出席を調べてほしいって頼まれてて……ドレスコードはあるけど、そこまできちっとしたものではないから』
馴染んだところで改めてのお祝い、というものらしい。
場所は学校の大広間だ。王宮のそれに勝るとも劣らない広さと豪華さを持っていて、ハロウィンにクリスマスにイースターに卒業前のプロムにと、王立学校は行事が多いことでも有名だった。
ヘレンは頼まれた用事を積極的に引き受けた。女子寮の一年監督生にもなっている。
独り立ち計画のためには、今のうちになんでもしておいたほうがいい。
『……』
デリックはヘレンが差し出した羊皮紙をじっと見たまま固まっていた。
『同学年だけじゃなくて、先輩とか教授とか、王立研究所の人たちも出席するから色んな話を聞けるわよ。どう?』
『……いい』
『欠席ね』
顔見せの意味があるとは言え自由参加だ。
首を振るデリックにうなずいて、クラスメイトの一覧表にバツ印を書いた。
『じゃあ、邪魔してごめんなさい。……?』
羊皮紙を抱いて次は誰に聞こうかと踵を返したところで、腕を掴まれた。
振り返ると、デリックが立ち上がりかけた格好で手を伸ばしている。長い前髪の奥にある紫色の眼がわずかに揺れるのが見えた。
『君は』
『?』
『……君は、行くの?』
掴まれたまま彼から話題をふられて、ヘレンは目を瞬かせた。
人には興味がないのがわかっていたからそう聞かれて戸惑う。行くか行かないかと言われれば……。
『行くわ。みんなに声をかけているのに、欠席するのも変でしょ』
『……そう』
そこで、飛んでいったはずの鳥が戻ってきた。
デリックの頭の上に乗って、定位置に安心したように腰を落ち着ける。
『っ』
その様子に思わず笑ってしまいそうになって、ヘレンは羊皮紙で顔を隠して堪えた。
彼がこれに気づいていないなんて。
(……悪い人ではないのよね)
今度はその場にしゃがんで、そっと話しかけてみる。
『やっぱり、出席しない? 美味しいものも食べられるし、結構楽しいかもよ』
いつも一人なのは入学してすぐで知り合いが少ないからではないだろうか。
ヘレンの見たところ、変人奇人は教授先輩含めて学校内に数えきれないくらいいるし、交流すれば彼も気の合う仲間ができるかもしれない。
『……でも、服が』
先述の通り、彼は最低限の身だしなみをしている。どうやら他国からの入学生らしいのだが、あまり裕福ではないことが察せられた。
『貸し出しもあるから大丈夫! 私もそっちで借りるし、よかったら一緒に選びましょうか?』
『あ、うん』
慌てて言うと、デリックは俯いて。
『……行く』
しばらくして、ようやく聞こえるような小さな声で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます