第4話 一年前
『……そして、初めて魔法を使えた日の感動と責任を忘れずに、伝統あるこの場所で学んで、国の発展に尽くしていきたいと思います』
一年前の入学式の日。
ヘレンが少し余韻を残して新入生スピーチを終えると、満員の講堂が大きな拍手で包まれた。教授たちに頭を下げて、壇上からおりる。
新入生の代表として暗記するまで練習したスピーチを終え、ほっとしながら通路を歩けば、みんな温かい視線を向けてくれた。
それににこっと微笑み返しながら、ヘレンは同級生たちの顔と名前をチェックした。
(やっぱり王立。魔力も高そうだし、何かしらで噂を聞いたことがある子が多いわ)
一番目立っているのは男子生徒のギュスターヴだろうか。侯爵家の長男でまだ若いながら魔法も剣の腕も一流と聞いている。
『ヘレン、スピーチお疲れ』
『感動したよ。初めて魔法を使ったときかぁ……俺もすっげぇ嬉しかったな』
『あぁよかった、緊張してたの』
すでに仲良くなったアンリエッタやクラスメイトからの賞賛に、指を組んで小さくなりつつ、ヘレンは腹の中で彼らの有用性を見ていた。
入学初日としてはまずまずの手ごたえなのではないだろうか。同時に心の中で首を傾げる。
(スピーチは普通、首席がするものよね)
入学試験でヘレンは次席だ。成績は本人にしか提示されないので、誰が首席かは知らない。
代表で挨拶をしたヘレンはその後もなにかと話題の中心になりつつ、式の後は寮の監督生が学校の敷地を案内してくれた。
校内を回っていたところで、裏庭の林にいる人影を見つけたのは偶然だった。
木陰で分厚い本を読みながらパンをかじっている黒い髪の少年。ぽろぽろとパン屑がページに落ちては払っていて、その周りに鳥が集まっている。
髪は一度でも櫛を通したことがあるのか疑問を持つほどボサボサ。頭の上には一羽の小鳥が止まっていた。
顔と名簿を照らし合わせて、同級生のデリック・ラスと知る。
(一緒に回らなくていいのかしら)
その様子を眺めていると彼がひょいとこちらを見た。
自分を見ているヘレンに気付いて、彼が腰を上げる。
『あ』
動きに驚いて鳥が散っていく。それを気にする様子もなく、首を掻きながら彼はそのまま林の向こうに消えてしまった。
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