第3話 まさかこんなことに
『いいわね、学校では羽目を外しすぎないように。全く、女が魔力をひけらかすなんてただでさえ恥ずかしいのに……王立学校なんて』
伯爵家の居間で低いテーブル越しにかけられる継母の言葉に、ソファに座るヘレンはうなずいた。
『はい、わかっています』
『こんなことさえなければ、お前の縁談を早く進めてあげられたのよ⁉︎」
『仕方がないだろう、あの学長から直々に説得されては』
爪を噛む継母を父がなだめる。
『そうよ……ここで断ったらどんな噂が立つかわかったものじゃない』
机の上にある合格通知を見ながら、ヘレンはそんな両親の話を聞き流した。
目の前にあるのは屋敷に閉じ込められて花嫁教育をこなしながら、ほとんど寝ずに勉強した結果だった。
『本当に、全て無償なのね?』
『はい』
魔法学校への入学は、十二才頃に行われる魔力検査の結果と入学前の学力検査によって判断される。
国のほとんどの者が魔力を有するが量には差があって、学費その他全てを公費でまかなう王立には一定ライン以上の魔力適性が必要だ。
幸いヘレンは辛うじてそれを超していた。
『学校に通わせていただけること、感謝しています』
立ち上がって、手持ちの鞄一つを持ってぺこりと頭を下げた。
『そろそろ行きます』
『まったく、かわいげのない子ね。それが親に対する態度なの!?』
扉を閉める直前にそんな声が背中に浴びせられる。
それは入学する前日のこと。
数少ない使用人にも挨拶をして、ヘレンはひとり、十五年を過ごした伯爵家を出た。
◇ ◇ ◇
「おかえり、早かったわね」
よくわからない寒気を堪え、夜の暗さに紛れて寮の部屋に戻ったヘレンを迎えたのは同室のアンリエッタだ。
アンリエッタ・マーク。背中まで亜麻色の髪を真っ直ぐ伸ばしていて、眼鏡をかけている。
年齢はヘレンと同じ十五才。家は大きな商家で曾祖父の時代から続く店は大型船を保有し、他国と交易もしていた。
「どうだった……って聞くまでもないわね」
ローブの上にデリックに着せられた服で着ぶくれしているヘレンを見てアンリエッタが爆笑した。
「まさか本当に行くとは……ヘレンの行動力はすごいわ」
「アンリエッタ! 余計な恥をかいたじゃない!」
「喜んでたでしょ?」
どうだろうか。むしろ怯えられたような気がする。にやにや笑う親友を見て頬を膨らませながら、服を脱いだ。
それでも、男子寮と女子寮をつなぐ秘密通路を、誰にも見とがめられないよう帰ってこられてほっとした。覚悟は決めていたとはいえ、教授たちに減点をつけられるのは避けたい。
ここルクオール王立魔法学校は建国以来、数百年の伝統がある学び舎だ。
敷地には大きな城のような建物がいくつも建っていて、在学生でも迷子になるほど広い。
学生の在籍期間は三年。全員寮生活だ。
学長含め、教授には世界的に有名な人物も多く、卒業後は王立研究所に進む者、国の中枢を担う仕事に就く者、さまざまな道が開かれている。
寮は学舎の城と隣接していて、厳密に男女が分かれていた。
基本はどちらも二人部屋で、ベッドや机、キャビネットの他にもソファ、暖炉、シャワー、トイレ、簡易キッチンなども完備されている。
「ヘレンはもう少し世の常識を知ったほうがいいわね」
「どうせ世間知らずですよ」
悪びれもなく肩を竦めるアンリエッタに言い返す。
「まぁお茶でも飲もう。とっておきのお菓子があるんだ」
今回の学校中退から一転、婚約の件はアンリエッタにだけ詳細を話していた。ソファに横に座って、アンリエッタが淹れてくれたおいしいお茶を飲む。
「伯爵家は婚約の件、納得してるの?」
「……まぁ、デリックが今までの発明発見の利権を全部国王陛下に売って、大金を作ったから……」
両親の前に積まれた文字通り山のような紙幣を思い出す。
さすがの彼らも呆然としていた。
「陛下もあいつを国に引き止めようと必死だね。本当に、まさかこんなことになるなんて……」
ヘレンも同意だ。
それこそ、初めて彼を見た日には想像もしていないことだった。
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