第6話 満点以上の首席合格
まだ参加の有無を聞いていないクラスメイトを探して校内を歩いていると、廊下でとある女性にばったり会った。
『あら、カークランドさん』
『学長先生!』
王立魔法学校の学長だ。
70才くらいの綺麗な短い白髪の女性で、ピンと背筋を伸ばした姿は全く年を感じさせない。
未だに現役の研究者で、世界各地を飛び回って新種の魔法生物を発見したりしている。
彼女の書いた冒険記はすり切れるほど読んだ。ヘレンの憧れの人だ。
『こんにちは、……っ先日はご助力ありがとうございました!』
彼女は直々に伯爵家に来てくれて、柔和だが有無をいわせない話術で両親を説得してくれた。
本当はもう少し早くお礼を言いたかったのだが、出張など忙しくしていて今まで話ができなかったのだ。
『いいのよ。無事入学できてよかった』
微笑んだ彼女は、ヘレンの手にある紙に目をとめた。
『歓迎パーティーの出欠リスト? 見せていただいてもいいかしら』
『どうぞ!』
チェックがついたそれを見て、彼女は嬉しそうに白髪を撫でつけた。
『カークランドさんがいれば一年生は大丈夫ね』
ニコニコ笑いながら、学長は出欠リストをヘレンに返した。
歓迎パーティ当日の大広間はすごい人だった。
教授や上級生も参加して、音楽に合わせて踊ったり食事をしたりしつつ、あちこちで魔法談義が盛り上がっている。
『見て見てヘレン、あの先輩が難解な魔術式を解いたんだって。あっちはバックス教授ね。話聞きにいかない?』
アンリエッタがキョロキョロ周りを見回しながら言う。
『……ええ』
だが、折角の場なのにヘレンは少し上の空だった。
デリックの姿がない。
彼女自身準備があったので――ドレスもそうだがパーティーの裏方メンバーとして――服の貸し出しを手伝った後はあまり話ができていなかった。
(ちゃんと着られたかしら)
思ったよりもデリックの背が高く、貸し出し衣装にあったのは少し古いタイプの正装。構造がやけに複雑なものと後で知った。
やはり着替えも手伝ったほうがよかっただろうか。
そこでひょこりと長身の男が会場に入ってきた。
周りを警戒する姿は明らかに挙動不審で、ドア近くにいた人たちは驚いたように飛びのいた。
『ごめんなさい、ちょっと……』
友人たちに失礼して、ヘレンは彼に近づいた。
どう見ても人付き合いが苦手な彼をここに誘ったのは自分だ。今日は逆エスコートしようと決めていた。
『デリック』
『……あ』
近づくと、彼はあからさまにほっとした顔になった。
(うわ)
その無防備で信頼しきった屈託のない表情に、ヘレンは不覚にもどきっとした。
『な、何か飲む? それとも話したい人とか』
『……』
向かい合うデリックにじっと見つめられて、ぎくしゃくしながら聞いた。彼の正装姿は意外と堂に入っていて、その視線が服に向いてると気づいてヘレンは下を見た。
着ているドレスは裏方なのであまり派手すぎないようにと、薄いブルー。飾りは少なく、アクセサリーも最低限だ。化粧も薄めにしている。
髪は片側に寄せて、花で飾っていた。
『何か変?』
『ううん。綺麗だ』
デリックがあっさりと言う。
美人と評判だった亡き母譲りの容貌はよく人から褒められる。そんな賞賛は慣れているのに。
『……あ、ありがとう……』
思わず声が上ずってしまった。
『やぁ君か』
その時、教授の一人が話しかけてきた。黒い髭が似合う壮年の教授はデリックの背中を叩いた。
『聞いているよ、入試の件。史上初の満点以上の首席合格だって?』
(え)
思わずヘレンはデリックを振り仰いだ。
『すみません、満点以上ってどういう……』
『全く新しい解釈の公式で問題を解いた上に、矛盾点を指摘されてね。今年は無効問題になったものがあっただろう?』
それは知っている。
国最高レベルの教授陣が一年かけてつくる問題、その中の一問が解答の有無にかかわらず無効になったのだ。
今年の受験生はラッキーだと上級生から事あるごとに冷やかされていた。
『他も独自の視点からの考察が見られて、教授がそれぞれ評価したものを数えてみたら、なんと満点の値を軽く飛び越えてしまったんだ』
教授が快活に笑った。
『あ、あの、もう……その辺で』
デリックが声を絞り出すと、彼はその丸まりかけた肩に手を置いた。
『謙遜しちゃだめだよ。素晴らしいことなのだから、もっと胸を張って堂々としたまえ』
そう言って教授が笑って去っていく。
それを見送った後、デリックは恐る恐るというふうにヘレンを見た。先ほどよりもどこか怯えている彼が口を開いた。
『……あの……嫌だろ……』
聞かれて、ヘレンは目をぱちくりした。
『何が?』
『何がって……こんなのに、負けて』
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