第7話 夢
聞かれて、ヘレンはじっとデリックを見た。
自分よりも高得点をとった唯一の同級生。しかもそれが満点(以上)だったなんて……。
残念ながらヘレンは満点には届いていない。今の話だけでも知識の差は明らかだった。おそらくそれは、今の時点ではどう頑張っても埋められない。
『悔しくないかと言われると確かに悔しいわね』
ヘレンも主席のはくが欲しかった。そして己より優秀な人が目の前にいるという事実にどこか、心がざわつくのも事実。
けれどそれは、彼が努力した結果だ。
『平等な条件で負けたことを、今更どうこう言っても仕方がないでしょ』
そこまで言って気づく。
『そうか、あなたが辞退したから私に新入生スピーチが回ってきたのね!』
『う、うう……』
指摘にデリックが小さくなった。
まぁ確かに彼には数百人の前で話すのは酷だろうことはわかる。そのおかげで教授たちに顔を知ってもらえたので、スピーチに不満があるわけではない。
それに。
『……次は勝つからね』
決意を込めて言うと、わずかに息を呑んだデリックが口を引き結んだ。
いつもは隠されている目がヘレンを見て、細められたのがなぜかわかった。
『何楽しそうに話してるのよ、私もいれて!』
そこでアンリエッタが後ろからヘレンに抱きつく。亜麻色の髪をヘレンと同じ花で飾っているアンリエッタは、人目を引く赤いドレスを着ていた。
『……目立ってるよ』
耳元で彼女に言われて気づく。
いつの間にか、大広間の注目を集めていた。大声の教授の話が聞こえていたのか、皆の視線がデリックに注がれていた。
『満点以上……』
『嘘だろ、あんな冴えないやつが?』
困惑と羨望、驚き、その他様々な感情だ。そこで顔見知りの男子生徒がヘレンの手を引いた。
『ヘレンあっちでしゃべろう。みんな待ってるからさ』
『いえ、私は』
彼はじろりとデリックを睨んだ。
『ヘレンは優しいから同級生を放っておけないだけだよ、勘違いするなよ』
『……ああ』
『いるんだよなぁ入試の時が一番できるやつ。いや、満点以上なんてあり得るのか? なんかズルをしたんじゃないだろうな』
『そんな言い方……っ』
『いいよ』
静かにデリックがヘレンを押しとどめた。
『言われるのは、……慣れてる』
それだけ言って、彼はそのまま会場を出て行ってしまった。
そんなパーティ以来、デリックはあの木の定位置にも姿がなくなってしまった。もっと人目を避けるように皆から距離をとっている。
『はぁ……』
ヘレンは寂しそうにしている鳥に餌をあげるのが日課になってしまった。
『……誘わない方がよかったのかな……』
デリックには顔を見れば逸らされて、話しかけようとすれば避けられた。
結局このパーティーでの会話が、ヘレンがデリックとこの数か月で話した最後のものになった。
◇ ◇ ◇
そして、今回の騒ぎである。
「ヘレンはデリックのことが好きなの?」
隣に座るアンリエッタの問いに、ヘレンは手の中のカップに視線を落とした。
「……ううん」
彼に関して一番感じるのは後悔だ。あの時もっとうまく立ち回れていたら、違う関係になっていたかもしれないと。
ただ、入学時から強烈に胸にあるのは一つの夢。
学長先生のように、いろいろな世界を飛び回りたい。
いろんなものを見たい。触れたい、会いたい。そのために、ヘレンはデリックを利用すると決めた。
アンリエッタの言葉にただ世間の常識を知らずに同意したわけではない。ただ、何も持ってないヘレンはせめてと身体を差し出そうとしたのだ。
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