第13話 試験(デリック視点)
元々人付き合いは得意ではなく、あの一年時の歓迎パーティで格好をつけて距離をとってしまった手前もうどうやって話しかけたらいいのかわからず……彼女を避けてしまった。
けれど通りがかる度にふわりと揺れる髪に触りたくてたまらない。
誰かと――特に男子と話しているのを見るだけで、心がざわめいた。そんな数か月を過ごした。
変化があったのは、三年生の卒業の準備が始まったときだった。いつも通り催しには興味なく部屋で本を読んでいると、コンコン、と扉が叩かれた。
開けると、同級生が顎で外を示した。なにかと面倒見がよさそうな一年監督生だ。名前は……憶えていない。
『寮の外でヘレンが呼んでる』
『……っ』
その言葉に慌てて寮を出ると、入口にヘレンが立っていた。
何かのボードを持っている彼女はちらりとデリックを見て、すぐに手元に視線を落とした。
固い声で言う。
『ちょっと時間いい? 提出物で確認があって』
『……』
久しぶりの会話にうまく返事が出来ない。
心臓がばくばくする。自分の胸元までしか身長がないヘレンの小さな頭が間近にあった。
珍しく提出物の記入ミスがあったらしく、連絡を教授から頼まれたことだけが断片的に入ってくる。
『……で、……大丈夫?』
ふいに耳に心地よい優しい声が途切れた。
はっとして我に返ると、ヘレンは上目遣いでデリックを見た。なんのことかわからないまま頷くと、彼女は少し表情をゆるめた。
『ありがとう。じゃあ、これで』
『あ、あの!』
声をかけるとヘレンはびっくりした顔で動きを止めた。
『今度のプロムは……誰と』
それだけ言うのが精一杯だった。三年の先輩の、卒業祝いダンスパーティだ。
これがきっかけで付き合う生徒も多いという。誰かに彼女が誘われている姿を何度も見ていて、気だけが急く。
またきっと忙しく運営に回るのだろうか、そう思っているとヘレンはデリックから視線を逸らした。
『……その頃には学校にいないかもしれないから』
『え?』
思わず聞き返す。はっとしたように彼女は首を振った。
『い、今のは、なしで』
『どういうこと』
真剣に見返すと、ためらって彼女は口を開いた。
『……お父さんくらい年上の方と結婚の話が進んでて……退学させられるの。もっとみんなと勉強したかったんだけど……』
ヘレンは笑った。
『ごめん、忘れてね。ついしゃべっちゃったけどみんなには内緒で』
口元に指を置いて、彼女は足早にその場を去った。
それから、デリックは彼らしからぬ熱心さで事情を調べた。
噂にうとい彼は知らなかったが、カークランド伯爵家の財政が火の車なのは社交界で有名で――ヘレンが結婚する相手はあくどい商売で成り上がり、爵位を買った男だった。
気性の荒い男で元妻を半殺しにしたこともある人物だ。
全部の情報を考慮した上で、考えた。
金だけなら何とでもなる。
出した特許はもう数百にも及んでいて、研究状態のものも数え切れない。
彼女が手に入るなら、何をどう手放しても構わなかった。
ただ、無償で助けることはどうしてもできなかった。
学校生活の継続を約束するかわりに、デリックだけの存在になってほしい。
……自分からのこんな提案は嫌がるだろうと思ったから、事前に言わずに結婚相手との会合の場に乗り込んで、権利を国王に売って得た金を両親の前に積んだ。
あの時のヘレンのきょとんとした顔は今でも覚えている。
未だに伯爵家の詳しい事情はヘレンの口からは語られてはいない。
だがそれもデリックにとっては些末なことだった。
(いやでもさすがに自分の部屋にいたのは驚いたけど……っ)
しかもあんな格好で。行動力がありすぎるにもほどがある。腕の中ですやすやと寝るヘレンを見下ろす。
こっちは一応、健全な男子学生なのだが。
婚約者として、あと自分にできることは……と、そこでひらめいた。アンリエッタを見上げる。
「ヘレンを首席にしたら、喜ぶかな」
「首席に、『する』?」
「……ヘレンの解説を聞いてたら、苦手なところと得意なところはわかったから、問題見て点数予想できるし、……俺が一点だけ減らせば首席にさせられ……どうかした?」
ヘレンに負けるのはいいが、彼女以外に負けて次席を取られるのは嫌だ。そう思って提案すればアンリエッタから返事がない。
よく見れば彼女は青ざめて血の気が引いていた。――この表情はよく見る。
「絶対するんじゃないわよ!」
小声で叱られた。
「で、でも、それくらいしか」
「バレたら、一生、口きいてもらえなくなるからね⁉︎」
「わかった」
即答する。
それは、とても困る。
◇ ◇
結局、この年最後の試験もデリックが首席、ヘレンが次席だった。
「悔しいいいいい、あと一点だった! せっかくデリックの調子が悪かったからチャンスだったのに!」
貼り出された点数表を見て、ヘレンがアンリエッタの腕を掴んで揺さぶる。
「そ、そうね……」
「どうかしたの?」
珍しく歯切れが悪い親友を見て、首を傾げた。
廊下に貼り出された学年の成績表、なんとか全員が進級可能な点数であることにほっとする。
なんだかんだ、計画は順調だ。
「……あんたも大変な奴に目をつけられたのね」
「え?」
「なんでもない。私は知らない」
「ちょ……」
アンリエッタが青い顔で行ってしまう。
「なんなのよ」
けれどひとまずこれでプロムの準備に集中できる。
歩き出せば、指にはまった指輪が陽の光できらりと輝いた。
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