第14話 本番まであとすこし
バシャン、と上から水が降ってきた。
ヘレンのローブごと制服も髪も、持っている書類も水びたしになる。上を見ると、くすくす笑いながら何人かが三階の廊下を走っていくのが見えた。
「な……っあいつら……!」
それを見て、隣を歩いていた委員会の先輩――ノーマが駆け出しかける。それを止めた。
「いいです、ノーマ先輩は濡れてない?」
「私はどこも……でも!」
「ただの水みたいです。追いかける時間のほうが勿体ないです」
言いながら、髪や服から滴る水を絞る。
軽く手を振れば周りに温風が吹き、ふわりと裾がひるがえって、それでもう乾いていた。
どうにも最近、他学年から嫌がらせを受けることが多くなった。理由は……まぁ、デリックに関してである。
自衛として建物近くを歩くときは警戒していたのだが、ふいの眠気に襲われて避けるのが遅れた。
「これ、デリックに言ったほうが……」
茶色の髪を肩口で切り揃えたノーマが眉を下げる。優しい先輩に微笑んだ。
「大丈夫、何も反応しなきゃそのうち飽きますよ。むしろ目が覚めてよかった」
「……強い」
「でも、書類を書き直さないといけないのは腹立たしいですね」
今から会計窓口に提出する羊皮紙のインクが、滲んでしまっていた。
「私が書き直すよ!」
「いえ。大丈……」
その時、くらりと視界が回ったことに気づいてヘレンは息を呑んだ。
「ヘレン?」
「……やっぱり、お願いしていいですか」
「もちろん!」
幸い、ふらついたことをノーマは気づかなかったようだ。
(そろそろ、回復薬じゃしのげなくなってきた……)
テスト前からの疲労を十分に回復できないまま、準備による疲労と睡眠不足、そして嫌がらせで色々ゴリゴリ削られている。
頬を叩いて気合を入れ直す。
もう本番は明日だった。
翌日、明け方に起きたヘレンは制服に着替えて大広間の最終点検のために寮を出た。
まだ暗い廊下をランプを持って歩く。
(あと少し、……終わったら、ゆっくり寝よう)
あくびを噛み殺しつつ自分に言い聞かせ、足を動かす。
大広間は大きな階段をのぼりきったところにある。卒業式は講堂で行われるので、こちらはもうプロムの会場準備が終わっていた。
(あれ?)
階段途中の広い踊り場に先客がいるのが見えた。
バケツを抱えてあぐらをかき、天井から下がるシャンデリアを眺めている人影。
それにはもう見慣れた水のスライムたちが忙しく掃除をしてくれているのが遠目からわかった。
(またピカピカにしてくれてる)
デリックだ。当日朝まで頑張ってくれているなんて。
笑って、近づこうと階段をのぼっていくと、ヘレンの後ろから足音が近づいてきた。
「あぁ、いた、デリック!」
ヘレンと同じようにランプを持って後ろから追いついた女子生徒が、どん、とぶつかった。
衝撃に顔を上げると相手がヘレンを見て――。
「邪魔よ!」
ひじで押しのけられる。
(あ)
踏ん張れず、力の入らない足が階段を踏み外す。ランプが手から離れて落ちていった。
段差に思い切り背中をぶつけて、ヘレンはそのまま、なす術なく階段を転がり落ちた。
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