第21話 人形の顛末

(さすがに、無理、……かも)


 後ろに下がる。

 彼が大変な変人だということは分かっていたが、鏡越しとしか思えない自分そっくりの魔法人形を前にすると、どうしていいのかわからない。


「きゃあ!」

 声に振り返ると、医務室の先生が口に手を当てていた。

「あー……ああ、ついに見つかっちゃった……」

「知ってたんですね」

「まあ、ね……」

「そうですか」

 今となってはどうでもいいことだ。

 踵を返すと、その腕を先生に掴まれた。


「待って待って」

「あの変態に言っておいてください。二度と顔を見せるな、その人形と遊んでろって」

「待ってぇぇ」

 必死に引き止められる。


「あのね、デリック君、ヘレンちゃんの姿になってるとき一切触ってないから!」

「はぁ?」

「純情! 純情なの! ……ほら、女の子の身体のことでしょ? アドバイスをお願いされたんだけど、彼、人形のヘレンちゃんを前にじーっと微動だにせず見つめてるの!」

「気持ち悪い」

「わかる。生徒大好きな私でもちょっと引く!」

 先生は人差し指同士をつき合わせた。


「でも本当に指一本触れてないのよぅ? スイッチを切るときも私に頼むくらいだし」





「こんにちは……何か呼びましたか」

 デリックが医務室に入ると、仕事をしていた先生がこちらを向いた。


「その前に、『あの子』ちょっと様子見てくれる? カーテンでは隠してるから」

「あ、はい」

 うなずく。医務室のベッドにかけられたカーテンを引くと、ヘレンの姿の人形が椅子に座っていた。


 髪を下ろした彼女をじっと見つめる。数分そのままで、息を吐いたデリックは立ち上がった。


「先生、スイッチを切っ」

 そこで、とんと軽い衝撃がして後ろから抱きしめられた。

 振り返ると、ヘレンの人形がデリックの胴にしがみついている。

「え……?」

「……」


 人形が目を開け、海のような透き通った青い瞳がデリックを見上げた。

 どんなに再現しようと思っても出来なかった、その鮮やかな色彩。


「あ、う、えと……?」

「バカデリック」

 ヘレンが背中に顔を埋めて小さく呟いた。細い腕にぎゅっと力が込められる。

「この子としたの?」

「し……てない! 誓って、何も」

「マリエラちゃんもやっぱりあんたの仕業か」

「うっ」

 突っ込まれて息をのむ。


「し、試作品で部屋に持って帰ったのを見つかって、……あ、でも全然違う顔にして渡したから! さすがに身長はいじれなかったけど……」

「そういう問題じゃない!」

「ごめんなさい!!」

 真っ青な顔でデリックは叫んだ。


「……なんでそんなことしたの」

「……」

 デリックは視線を逸らした。

「……お、怒らない?」

「怒る」

「……」

「言わないともっと怒る。絶交する」

「――……っへ、ヘレンを前にすると余裕がなくなるから、その……いつか来る本番の時に緊張しないように、……目を、慣らしておこうかと」

「目慣らしでこんなものを作るな!!」



 ヘレンは近くのロッカーをあけた。

 服を剥ぎ取ったので、ひとまずヘレンの制服を着せたがそこにいるのはまさしく彼女そのものだ。

 自分がそこにいるような錯覚に陥って混乱する。この子が授業に出ても誰も気づかないだろう。


 ヘレンはクッションを持ち上げてデリックに振り下ろした。

「素直に写真くらいで満足しなさいよ、なんで立体を作るのバカ!」

「しゃ、写真!? ヘレンのその姿のでくれるの痛っ」

「あげるわけないでしょ!」

 黙っていたお詫びとして、先生にクッション破壊の許可はもらっている。


 ここしばらくの鬱憤をはらすようにヘレンはボフボフとクッションでデリックを殴りつけた。こんなことで悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。


「し、身長はおろか胸のサイズまでぴったり一緒だし……っ サイズいつ測ったのよ!」

「気づかれないように少しずつ……っ」

「最低!」


 そういえば少しずつ触っていた。


「ドキドキしてたのがバカみたい……っ」

「ドキドキ?」

 デリックが目を見開く。口を滑らせたと気づいたヘレンはぎくりとして動きをとめた。


「……そうなの? ねぇ」


 いつにない様子でぐいぐい来て、ベッドの方に追い詰められてヘレンはそこに腰をついた。クッションを身体の前で抱きしめる。


「お、おお怒ってるんだから……!」

「この服を着てるヘレンも可愛い」


 上から覆いかぶさるようにして、ヘレンの背中がベッドについた。その身体を囲い込むようにしてデリックがシーツに手をつく。


「ヘレン」


 やけに鼻息の荒いデリックが顔を近づける。上からのしかかるのは厚みがあって大きな身体だ。ぎゅっと目をつむって顔を背けたヘレンの髪にデリックが顔を埋めた。そのまま犬のように匂いを嗅がれる。


「や、ちょっ……」

「……いい匂い」

「はいそこまで」

 オネエ先生がデリックの首根っこを掴む。腕の太さと比例する力で、デリックを引きはがした。


「若き青年が悩んでいたから協力したけど、医務室での不純異性交遊は認めません!」

「あ、あの、ちょ……折角のヘレンの寝衣姿が……っ」


 引きずられていくデリックに、髪を乱したヘレンはべっと舌をつき出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法学校のぼっちで変人なクラスメイトから結婚を申し込まれた優等生の話 @ishikuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ