第20話 納品

 一週間後、デリックはきちんと三体の人形を揃えて女子寮に持ってきた。

 普段男子の立ち入りは禁止だが、その功績を讃えて特別に談話室まで入寮を許可される。


 彼が運んできたのは、二十歳くらいの涼しげな目の長身イケメン。女子生徒よりも身長の低い、半ズボンが似合う可愛いショタ。黒いマントをはおった、黒い髭が似合うおじさんである。


 設計図通りの理想的な魔法人形たちは、集まった女子生徒に衝撃を与えた。


「えっと、首にあるボタンを押すと……起動してしゃべる、から」

 デリックが説明すれば、皆きゃーっと悲鳴を上げた。


「どうする何しちゃう!?」

「ひ、ひとまず起動……!」


 一人が恐る恐る、イケオジの首の後ろにある小さなボタンを押すと、彼はゆっくりと目を開けた。

「……こんにちは、可愛らしいお嬢さん方」

 男が、胸元に手を当て、自分を見る少女たちにウインクする。きゃあああ!と皆が叫んだ。

 次いで残り二体も起動させた。


「お姉ちゃんたち、遊ぼうよ!」

「なんでもご用命ください」

 ニコニコ笑う二体を前に、何人かが気絶した。


 デリックはそんな幸せそうな女子生徒の様子をぼーっと見ている。

 隣に立ったヘレンは彼に視線を向けた。それに気づいたデリックが、へっぴり腰で聞いてくる。


「ど、どう……かな」

「……みんな喜んでるわ」

 あの日以来、気まずくてあまり口をきいていない。


 一週間で三体。しかも授業に出席しながら仕上げてくるなんて……何も言わないけれど、デリックがヘレンのお願いに応えようとがんばってくれたのはわかる。


 息を吐いた。

 結局これは、初めにマリエラのことで男子に怒っていた皆と一緒なのだ。


「そうだ。材料費とか手間賃とかどれくらい? 寮で管理してるお金があるからそれで支払うわ」

「……いいよ、余ってる素材で、どうにかなったから」

 デリックがほっとした顔で答える。

「駄目。ちゃんと対価は払う」

「本当に、いいから」

「さ、じゃあちょっと商談しましょうか!」

 そこで、アンリエッタがヘレンの肩を組んだ。また険悪になりかけた空気がふっと途切れる。


 彼女は握り拳をつくった。

「売れる。これは売れるわ。あらゆるニーズに応える新商品よ」

「アンリエッタ、……学校で商売は」

「しないしない。一般で売り出すの。もちろん我がマーク商店が独占させてもらうけど」

「あ、そう」

 それならばヘレンがとやかく言う権利はない。


 規則上、商売禁止と言っているが、おおっぴらでなく互いに納得しているのであれば校内のやりとりも別に構わなかった。

 ヘレンも、男子寮立ち入り禁止という規則を破っているし。


「で、ヘレンの手数料いくらにする?」

 目の前に|アバカス(そろばん)をじゃらじゃらされる。ちなみにアンリエッタの指輪の魔石は、貨幣のような銀色だ。

「何で私に聞くの」

 アンリエッタはデリックを見上げて肩を竦めた。


「だって、事前に聞いたら、ヘレン経由じゃなきゃ依頼を受けないって言うんだもの。ね?」

「う、……ん」

「じゃあその仲介役はアンリエッタに譲るから」

 ヘレンはそっと彼女の腕を外した。


 まだもやもやはおさまっていない。





◇ ◇ ◇


 デリック作成の魔法人形は、裁縫得意な女子が総力を合わせて作った執事服を着せて共有財産ということになった。

 予約制で一緒に過ごしたり、執事の真似事をしてみんな楽しんでいる。


 その三体は金の髪ではない。つまり、医務室で見た『あれ』は別件の人形だ。


 さすがに……ひとつの確信を持った。

 そして、これ以上もやもやするのが嫌で、ヘレンは証拠を掴むために体調不良を教授に伝えて教室を抜け出した。


(オネエ先生、この時間は会議なのよね……)


 ごめんなさいと心で呟きながらこっそり医務室に入る。


 清潔に整頓された部屋に人の姿はない。シンとするそこで、先日デリックが人形をしまっていた棚を開ける。

 だが、そこはもう空っぽだった。

 少し考えて、あの大きさが隠れそうな場所をいくつか探してみた。


(あった)


 それはのっぺりとした素体だった。全身が陶器のように白く、目も鼻も口も髪も身体の凹凸もない。

 今気づいたけれど着ているのは……以前着ていたヘレンの寝衣によく似た服。


 首の後ろのボタンを探る。それを押すと――――まばたきの間に金の髪が伸びて、目をつむった状態の、ヘレンの姿になった。


 胸も膨らんで薄い寝衣を押し上げている。

 指先で突いてみると、柔らかい。体温は冷たいが本物そっくりだ。


 これが、デリックが頑なに口を閉ざしていた理由。


 どう見てもヘレン本人が寝ているとしか思えないその姿には、背筋が凍るほどの不気味さがあった。

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