第19話 マリエラちゃん

 二時間ほど書類の山をさばき、お土産にとマカロンやチョコレートをもらってヘレンは学長室を出た。

 憧れの人に「またお願いね」と言われたことに浮かれながら廊下を歩く。

 手には、帰りに渡して欲しいと頼まれた、医務室の先生宛の書類を持っていた。


 もうすっかり外は暗くなって、廊下には蝋燭の火があちこちに灯っている。

 途中、二人の生徒を教室棟で見かけた。


「ちょっと待ってて」 

 廊下の先で、男子生徒が嬉しそうに女子にそう言って、部屋に入るのが見えた。


 残された方は、おっとりした様子で壁に背中をつけてその場で待っている。

 制服を着て、指定のローブを着ているのはふわふわのピンクブロンドの少女だ。

 なんとなく横目に見ながら通り過ぎた。


 視線に気づいたのか、その子がにこりと笑う。ヘレンも微笑み返した。

(わぁ可愛い……初めて見る顔だけど……って)

 ばっと振りかえった。


「もしかして……!」

「?」

 近づくと彼女が小首を傾げた。


 新入生も在学生も全員ヘレンは覚えている。そのリストの中に、目の前の人物に該当する名前はない。


「……私、ヘレン・カークランドといいます。あなたのお名前は?」

「マリエラです」

「……魔法オート人形の?」

「はい」

 すらすらと受け答えができた。


 改めてヘレンは人形――マリエラを眺めた。

 身長は同じくらい。触り心地の良さそうな腰まで伸びるピンクブロンドは、廊下を吹く風にもふわふわ揺れている。

 大きな垂れ目は魔石だろうか、瞳が緑色に光っていて、肌の質感といい手の爪といいどうみても人間だ。 

 これは男子が夢中になるのもわかる。


「男子寮では大事にしてもらっているの?」

「はい、とても」

「そう」

 微笑む様子にきゅんとして思わず頭を撫でると、じっとマリエラがヘレンを見た。手を両手で握られる。


「ヘレンさん、ありがとうございます」

「え?」

「あなたのおかげで私は」

「ヘ、レン先輩……!!」


 先ほどマリエラに待っててと言った男子生徒が戻ってきた。

 教科書や筆箱を胸に抱えているのを見ると、忘れ物を取りに来たのだろうか。彼は顔面蒼白でマリエラを背後に隠した。


「こ、これはその」

「没収なんてしないわよ?」

 そんなに怯えなくても。

「そ、うじゃなく……っ失礼します!」


 マリエラの背を押して、男子学生は足早に立ち去ってしまった。

 それを見送ってヘレンは半眼になった。

(……何か、あやしい)


 だがひとまず先に用事を済ませようと、プロムでもお世話になった医務室へ足を向けた。

 ドアをノックして開けると。


「うーん、やっぱり天才ねぇ、こだわりを感じるわ」

「あ、配線はこっちに」


 こちらではオネエ先生とデリックが、部屋の奥でなにやらごそごそしている。


 二人ともヘレンが入って来たのにも気づいていないようだ。ドライバーやネジをベッドの上に散らかし、何かの調整をしている。

 彼らの影になって見えないが、その向こうにちらりと金色の髪の人形が見えた。


「……」

 お願いした女子寮のものだろうか。研究所で作業すると言っていたはずだが。

 なんとなく、ヘレンは自分の蜂蜜色の髪を指で巻いた。


「こんにちは」

 挨拶すれば、びくっと二人の大きな背中が震えた。

 中でもあたふたして顔を上げたデリックは、あからさまに怯えた目をしている。

 先ほどの男子と同様に。


(ん?)

 そこで、彼らの前の椅子に腰かけた人形が見えた。


 それは人くらいの大きさの、のっぺりした素体人形。

(……さっきは確かに……)


「ど、どうしたのヘレンちゃん」

 半笑いの医務室の先生が近づいてきた。今日はタイトなスカートにヒールをはいている。

「学長先生から書類を預かってきて……」

「っ」

「わぁ助かるわぁ!」

 大げさに手を組んだ先生の背後で、棚に人形をしまったデリックが何故か動きを止めた。


「デリック、さっき、男子寮のマリエラちゃんに会ったわ」

「あ、う」

「可愛い子ね」

「……」

「あなたがつくったのよね?」

「……」

「凄いことなんだから別に隠すことないのに」


 デリックは口をつぐんで答えない。


 普通の魔法人形なら、立って定型文をしゃべるだけで精一杯だ。もしくは、妖精のように小さいか。

 あの完成度、クオリティは確実にこの男デリックが関わっている。


(私がいるのに、ああいう人形をつくったの?)

 その言葉を言いかけてやめる。

 

 同時に納得した。

 マリエラを作ったのなら、急にうまくなったえっちのアレとか、ソレとか……可愛い彼女で練習をしたのでは……。

 いやうまくなるならいいし、人形相手に発散してくれるならそれはそれでいいけど。


 もや。


(……あれ)

 胸に何か引っかかる。

 ヘレンは胸元を押さえた。


「ヘレンちゃん? どうかした?」

「い、いえ」

 ヘレンは踵を返した。


「早く帰らないと、寮の夕食を食べ損なうわよ」

「あ、待っ……」


 大慌てで片付けるデリックを置いて、失礼しますと先生に頭を下げてヘレンは廊下に出た。


(……意地悪しちゃった)

 別に、人形で何してようがいいのだけれど。


 それに依頼をしている手前、さすがに後ろめたく、まだもやもやする胸に手を置いたままヘレンは足早にその場を立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る