第11話 天才か

 元々ちょっと変わっている天才の顔が良いと、相乗効果で大変なことになるらしい。今まで、男らしくないと女子生徒に不評だった自信のなさが、可愛い、に変わるのに時間はかからなかった。


 勿論デリックはデリックなので、愛想はよくない。そんなそっけなさがまた良いという一派も出て来る。


 魔眼であることは知られていないが、印象的な紫の瞳をわざわざのぞき込む強者もいるらしい。






 そんなデリックが準備を手伝うという噂が流れると――人が集まった。


 メンバーが十二人から一気に三十人になる。

 応募者が多かったので、委員の中で相談してしっかり働いてくれそうな人を選んだ。おかげで作業効率は段違いだ。


「それで、せっかくだし大広間も掃除しちゃおうと思います」


 委員たちを前にヘレンが天井を指差す。

 ドーム状の天井はガラスでできている。それを縁取るのは細かな金細工だ。


「歴代のほこりが溜まってるんだけど、三年生の晴れ舞台だし、できれば全部綺麗にしちゃいましょう」

「どうやって掃除するんですか?」

 手を上げて質問した後輩にうなずく。

「箒にのって雑巾ぶきかな。あまり乱暴にして飾りが壊れても困るから、慎重によろしく」


 はーい、と皆が返事をしてそれぞれ空飛ぶ箒と雑巾を手に取る。


「ヘレン……」

 天井を見上げながら、デリックが近づいた。

「ここって高さ、どれくらい?」

「確か、八メートル」

「広さは」


 メモを見ながら答えると、デリックがしゃがんで、石の床に何か文字を書き始める。

 響く白墨の音に皆作業をやめてその様子を見守った。高さ、広さ、そのほかいろんな値を書いた彼は立ちあがった。


「水、借りるね」

 掃除のために汲んでいたバケツの中の水に、デリックが手をつける。ぽう、と指輪の青石が光って彼は手を抜いた。

 思わずみんなでバケツをのぞきこむ。


「おお」

「うわ」


 水の表面がもこもこといくつも盛り上がってきたのだ。それを確認して、デリックはバケツをひっくり返した。


 ぽぽぽぽぽん、とぷるぷるした水の玉がいくつも床に落ちる。

 それが、勝手に床を動き出した。


「――スライムだ!」

 誰かが叫んだ瞬間に、全員一気にドアに向かって駆け出した。

「あ」

「デリック、何してるの溶けるわよ!」

 深い森に棲む魔物のスライムは、中に取り込んだものをなんでも溶かしてしまう特性がある。

 一匹なら他愛もなく火や氷などで倒せるが、合体して巨大化したそれに人や家畜が喰われる事件は年に数回起きている。


 デリックはヘレンに首を振った。

「だ、大丈夫。単なる水、だから」

「……水ぅ?」


 すでに大広間はデリックとヘレンと無数のぷるぷる動くスライム状のものしかいない。

 それらが一斉に壁を伝って上に登っていく姿はちょっと……かなりシュールだ。


 委員たちは全員、扉の向こうからこわごわと様子を見守っていた。


「えっと、ものをスライムっぽい形状にする魔法で……」


 水スライムたちはガラスや金飾りにはりついた。ゆっくりとカタツムリのように動いている姿が見える。

「埃とか煤を中に入れるようにプログラムしたから、あとは勝手に掃除してくれる、はず」


 一時間後。

 バケツの中には真っ黒になったスライムたちが勝手に戻ってきた。

 そして、天井含めて広間はどこも舐めたようにピカピカ。


「「「「天才か⁉」」」」

「よく言われる」


 全員の叫びにも興味なさそうにデリックが言う。

 彼がスライムの表面を撫でると、それはすぐに普通の汚れた真っ黒い水になった。

「どこに水を捨てたら良いの?」

「……あ、じゃああっちに」

 一人が水場に案内するのを、呆然と見送った。


 ひょっとして、とんでもない人と婚約したのでは。

 初めてヘレンはひやりと背筋が冷たくなった。

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