第9話 魅了の魔眼
空き教室と貸し出し衣装を用意して、デリックの正装を調整する。
白いシャツに黒い上着。いつものだぼっとした服と違って、こうすると筋肉のある体躯が際立った。
「……裾が足りないとかなんなのよ」
アンリエッタがぶつぶつ言いながら、脱がせた正装を手縫いで直していく。
デリックはもう覚悟を決めたらしく、黙って椅子に座って大人しくしていた。
「ヘレンはこれ」
アンリエッタから切れ味良さそうなハサミを渡される。
「これは何?」
「勝手に長さを揃えて切ってくれる髪ばさみ」
「髪も切るの?」
「当たり前でしょ! 汚れてるところ全部ばっさりいきなさい」
「……切ってもいい?」
ハサミを持ったヘレンがデリックに聞く。
「ん」
「何かこだわりは?」
「特には」
首元にタオルを巻いて、ハサミを動かした。
勝手に整えてくれるのに任せてシャキン、シャキンと刃を動かせば――すぐに、思いがけず精悍な顔立ちが現れる。
(え)
切れ長の目に長い睫。すっと通った鼻筋。
そして、いつも隠されていた深い紫色の瞳と目があって、どきりとする。
「ヘレン?」
「なんでもない!」
不思議そうに見上げられて、視線を逸らす。
あとはもう無心で手を動かした。ボサボサだった髪を少し短めにカットして、タオルや肩についた毛を落とす。
終わってみれば、そこには人目を引きつける整った顔立ちの青年がいた。
その頃にはアンリエッタも針と服を持ちながら、あんぐりと口を開けていた。
「うっそでしょ……あんたなんで初めからその顔見せなかったの」
「……魔眼だから、あまり見せない方がいいかと」
首元がすーすーするのか、そこに手を置いていたデリックの言葉にヘレンとアンリエッタが飛び上がった。
「魔眼!?」
「う、うん……」
女子二人で顔を見合わせた。
魔眼は先天的に高濃度の魔力がこもる目だ。魔法の詠唱も道具も必要なく、視線だけで相手に効果を与える。
発火、痺れ……人によってその効能も強さも違うし、そうそう生まれるものではない。ヘレンも見るのは初めてだった。
噂では、死後、人体から取り出されても効果は継続し、取引されると数十億はくだらないとか……。
(視線を)
ふと、先日彼に見つめられて妙に心臓がどきどきしたのを思い出した。
「何の魔眼?」
ヘレンが聞けば、デリックはふいと顔を逸らした。
「な・ん・の」
「……魅了」
「――――嘘」
アンリエッタが呆然と呟く。それにデリックがむぅっとした顔になった。
「……嘘じゃない」
「魅了の魔眼なら、あんなにぼっちなはずないじゃない!」
「……」
ハサミを持ったヘレンはうめいた。
「でもどうしよう、こんなにばっさり切っちゃった。髪を伸ばす薬かなにか探してくるわ」
「別にいいよ」
教室を飛び出しかけたヘレンをデリックが止める。
「でも」
「……これで、もうヘレンが誘われないんでしょ」
「ん、っぐ」
――こういうのが、ヘレンの庇護欲をかき乱すのだ。
視線を合わせなければ魔眼も効果はないらしく、本人は気にしていないという。
彼に見つめられてドキドキしていたのは魅了の魔眼のせいだったのだろう。そのことにほっとする。
所詮はかりそめの婚約者だ。デリックの意思に沿って演じるつもりだが、そんな浮ついた気持ちでは目標を達成できない。
「ヘレン」
アンリエッタに小声で腕を引かれた。
「思ったより仕上がっちゃった。背も高いし、結構いい身体してるし……変人だけど天才だし、これモテるんじゃ……」
ちらりとデリックを見る。
慣れないのか、短くなった自分の髪をいじっていた。
「……大丈夫でしょ」
デリックはデリックだ。
だが、結果を言えば、大丈夫ではなかった。
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