辺境の村防衛戦~こんなところに魔族の本隊が来るはずがない~

てすたろう

第1話

「大変だ! 魔族が!」


木の実狩りに行った男が村に戻ると鬼気迫る様子で叫んでいた。

魔族の大群が押し寄せている。

その事実を聞くやいなや、村の戦士たちは押っ取り刀で武器を取り防御陣を敷く。村の戦士たちを取り纏める戦士長であり赤い顎鬚をした大柄な男、ガルシアは言う。


「こんな辺鄙な場所に魔族の本隊が来るとは思えない……! となると……」


要塞であったのなら、攻め落とされた場合そこは敵の拠点に成り代わるわけだが、この村は簡素な柵が設置しているだけの普通の村だった。攻め落としたところで拠点にすらならない。


つまり――――物資の略奪が目的となる。

「魔王直轄軍ならいざ知らず。ただの魔族如きに我らが負けるものか! 村を守るのだ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


数十人の男たちによる勇ましい掛け声がそこら中で響き渡る。

「敵、見えました! 距離にして500メートル! 数は千を超えています!」


物見やぐらにて偵察中の女観測手、イーズルが声を上げた。

想定以上の数の多さに、ガルシアはたじろいでしまう。


「千だと……!? 数が少しばかり多すぎやしないか!? 壊れてるんじゃないか!?」

「ボクの観察眼をそこらのポンコツ魔道具と一緒にしないでください! ボクの目には確かにそのように表記されています!」

「分かってる、ただの冗談だ。……とにかく近付かれたら厄介だな。広範囲魔法で一斉攻撃!」


斧、剣、槍を携えた男たちがそれぞれ詠唱を始める。

魔族の頭上に展開される小さいのから大きいのまで、色とりどりの魔法陣。


それが勢いよく収縮したかと思うと、雨のような波状攻撃が降り注いだ。


「敵の進行が止まりました!」

「よし、出来るだけ足止めをして、残った者は村の周辺にサモントラップとレインフォースウォールの作成に移れ!」


ガルシアは籠城戦をする腹積もりであった。あの数を相手に柵だけの村ではあまりにも心もとないためだ。


その後、魔族はガルシアの予測通り村の前まで到達したが、その頃には10mは超える強固な壁と、周辺には優に100を超えるサモントラップが設置されていた。


サモントラップとは龍脈に流れるマナを利用した魔法罠の一種である。

一般的には相手の魔力を感知して発動する魔力感知式が広く知れ渡っている。


魔力感知式は相手の魔力を感知して、龍脈のマナを使用し自動召喚を行うものだ。

その際に召喚されるものは龍脈の質によるが、この村周辺のものは上質であるため召喚されるものはマナの化身とされる風のシルフ、水のウィンディーネ、炎のサラマンダー、土のノームの4精霊のみならず、地獄の番犬ケルベロス、不死鳥フェニックス、世界樹の鷲フレスベルグなどの幻獣と呼ばれる存在も召喚可能であった。


だが、油断は許されない状態だった。

何せ、敵は千を超えているのだから、壁の向こうのサモントラップを潜り抜ける輩がいてもおかしくはない。


突如、ドンと大きな音が鳴った。

見ると壁が溶解しているのが見える。

「ガルシアー! 壁に穴が開いた!」と壁の傍で見張っていた男が叫ぶ。


熱によって溶かされた壁の向こうから魔族が入り込ん――――


「入らせねェよ!!」ガルシアは入ってきた魔族を自前の斧で一刀両断。


「さんきゅう! 助かったぜ。補修は任せな!」

入ってきた魔族を壁の原料にして穴を塞ぐ。

そう、この男の役割は壁に穴が開いた時の補修であった。

しかし、それでもこの数を相手にどれだけ持つのか。その死闘は三日三晩続いた。



「敵、残存――――――」イーズルの目が村の周囲を隈なく観測する。

そして、ある事実を村の人々に伝える。

「無し! ボクたちの勝ちです!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

怪我をしたものはいたが、いずれも軽傷であり、死者は0人であった。

それは奇跡と呼べるものであった。


村中が勝利の歓声に包まれる。その最中、遠くの方に王国軍の姿が見えた。


「なぜ、王国軍が……?」ガルシアは疑問に思った。やがて、王国騎士団は村の中に入り、その中の団長と思しき人物が。

金色の髪に豪奢な装飾が施された鎧を身に纏っており高貴な出で立ちを彷彿とさせる。


その者はガルシアに向かって話しかけた。

「辺りに散らばる無数の魔族の死体は……貴殿らがやったのか……?」「そうですが……お恥ずかしい話、苦戦を強いられてしまいました。やはり、ただの魔族とはいえ数が多いと……」

「ハッハッハッハッハ!!!」

騎士団長はいきなり大笑いを始めたため、ガルシアはぎょっと驚いた。


「いやぁ、失敬失敬。まさか、魔族の一軍団を壊滅に追い込む村があろうとはな……。名を申すのが遅れた。私の名はミハエル・フェルナディス。イージア王国騎士団、団長だ。貴殿の名は?」


「お、お会い出来て光栄です。私の名はこの村の戦士長を務めております。ガルシアという者ですが……魔族の本隊……?」

「ああ、そうだ。魔族軍の本隊が侵攻を始めたという情報を入手したが、侵攻の開始は3日前。その間にある村々の崩壊を覚悟して我々はやってきたのだが、ここに至る村々は平和そのものであった。魔族側に何かあったのではという推測はしていたのだが……まさか既に壊滅していようとはな!」

そう言ってミハエルは自身の身長を超しているガルシアの背中をバンバンバンと強く叩いている。

どう反応すれば良いのか困惑するガルシアとは対照的に痛快な笑みを浮かべるミハエルの姿が印象的に映った者は多く、このワンシーンはその場面を目撃した一人の画家によって描かれることになり、『はじまり』という題名で後世に伝わることになる。



その後間もなくして、魔族側からの使者が王国に到来し、「今回の一件は、我が部下の一人が暴走した末に行ったことだ。深くお詫びを申し上げたい」との書状が届いた。


イージア国、国王ヴェルギスは国土の割譲を要求。魔族の王、イスタルテはその要求を呑んだ。ただし、それにはある条件があった。


村の男たちは真夏の日差しが照り付ける中、農作業に没頭していた。

「今日も精が出るな! ガルシア!」

「ああ、なにせ土地が増えたからな!」

額に汗をかき、鍬を振り下ろして土地を耕す。

「まさか、魔族の土地の一部を割譲されてそれが村の管理下に置かれると思わなかった」

そう、イスタルテは暴走とはいえ自らの軍を破った者による統治を望んだのだった。


魔族の領地と人の領地の間に位置するこの辺鄙な村が両者の橋渡し的役割を担って、大陸にて絶大な力を持つことになる一つの大国となるのはまた別のお話である。

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辺境の村防衛戦~こんなところに魔族の本隊が来るはずがない~ てすたろう @kanikaama

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