昔日約束、或いは始まり

 どんな事にだって『始まり』ってのはある訳だ。あんただって、探偵なんてのに憧れるようになった切っ掛けがあるだろ? だからまぁ俺にだってそういうのがあったっていうだけの話なんだけれどね。


 親父が元夢魔なんていうとんでもなく碌でもない存在だったせいだったからだと思うのだけれど、いや、単純に俺自身がおかしかったって言うべきだろうね。幼稚園通っているようなチビの頃から大概と言うかかなり生意気で拗らせていたクソガキだったと思う。要するにませた事を言う小憎たらしいではなく、冷めた目で斜に構えた世の中全てを理解しているなんて思い上がった救い様のないクソガキだった訳だ。

 その頃の俺は、夢の中に入ってはその夢の主の記憶経験を片っ端から自分に転写するなんて事を繰り返していた。

 そんなことを繰り返していればどうなるのかなんて火を見るより明らかな話だよな。

 いくら人間の人間性が12タイプだか6タイプだかに単純に分類できるとしたって、均等に全タイプを転写した訳でもないし、そもそも俺自身にだってそのタイプ分けが適用される訳だからね。

 ほら、風船を膨らませる前にゴムを伸ばしすだろ。あれをやるとゴムが適度に緩んで膨らませやすくなるって事なんだけれど、ある程度均一に伸ばさないと歪な形になってしまう訳だ。

 それと同じような状態だったんだよ。不必要に肥大化して、満足に身動きも出来ない位に膨張した、ビリーミリガンも真っ青な無数の人格がぐちゃぐちゃに混ざって尚も蠢く訳の分からないもの、そんなものが内側にあったらまともじゃいられる筈がない。

 当然のように高熱出してぶっ倒れたさ。後から親父によくその程度ですんだなって言われたよ。呆れられたんだか、怒られたんだかよく分からない感じだった。いや、熱が下がってから1発いいのは貰ったんだけどね。

 まあそんな感じにぶっ倒れて多分3日目か4日目だったと思うんだけれど、文華が来たんだ。

 正直寝込んでいた時の事はかなり曖昧で朧で夢うつつで自信を持ってこうだったって言える事なんてなにもないに等しいんだけどね。ただ、文華と話した、それだけは確かなんだ。

 何を話したかは秘密だよ。俺と文華だけの秘密、誰があんたに教えるか。悔しかったら得意の推理をするんだね。正解を教えてやるつもりはないけどさ。

 で次の日、目を覚ました俺は溜め込んだ誰かの経験を色々纏めて処分した訳だ。と言っても既に固着していて色移りのように染み付いてきれいさっぱり片付けましたなんて無理な話だったんだけど。コーヒー牛乳をコーヒーと牛乳に分離するのが不可能なように……、そうだね、今なら確かに水とそれ以外なら可能だね。

 だけどさ、その分離した水には元々溶け込んでいただろうものも取り払われてしまっているんだけど、それでもその水は何かが混ざってしまう前の水と同じものと言えると思うか?

 そういう事になんだよ。

 ぶっ倒れる前と後、俺は変わらず守屋夢人だったけれど、何処かが決定的に違って、間違ってしまっていた。それでも俺が自分を守屋夢人と言えたのは、あの時文華が認めてくれたからだ。

 だから、俺は半夢魔だってことを受け入れられた。

 まぁ、あれだ。文華との約束があるから俺は今の守屋夢人になって、今も守屋夢人でいられるんだよ。

 さて、これでなんで俺が調停人めいた事をやっているかはわかるよな。

 なぁ、大丈夫か? 熱があるんなら帰れよ。代返は、何とかしといてやるから。

 いやだからなんなんだ、そういうとこだぞってのは!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る