3-12. ノーモアベット

「フォールド」


 ヒルダに選んでもらってまで仕掛けたヤマの渾身の運否天賦勝負は、その本人の言葉であっけなく幕を閉じた。

 ヒルダはもちろん、デルフィニスでさえ呆気にとられてヤマを見た。


「お、おいおい? あれだけ大言壮語を吐いて降りるのかい?」


「仕方ないだろ。役無しだったんだから」


 ぱらりと表になるカード。不揃いな役無しにギャラリーの誰もが白けた顔になる。

 こいつの勝負勘はどうなってるんだ? と。

 もちろんヤマはこの運否天賦で貴重な持ち金を失った。

 だが得たものもある。


(奴と……あぁ、ハクビのイカサマはおさえたんだ。勝負は次のゲーム……!)


 ディーラーが再びカードを配る。賭けるチップはちょうど100枚。これでもう後はない。


「ま、どうでもいいさ。確かにさっきのゲームは君にまだ勝ちの目があったよ。でもそれをみすみす捨てたのさ」


(よく言うぜ。こっちの手が役無しだって教えてもらったくせに)


 ヤマとデルフィニスがカードを開き、チェンジを終える。

 当然、イカサマで通じ合っているハクビがその内容を伝える。


(ヤマは7と11のツーペアじゃ!)


 もちろんヤマはハクビを退場させて、内通を阻止することもできた。

 だがそうはしない。そうすれば確かに公平な勝負になるだろう。

 しかしただそれだけだ。今更公平な勝負になっても遅すぎる。


(もとより公平な勝負なんか期待してねえ。それより問題はこのチップの少なさだ)


 仮にここでオール・インして勝ったとしても、得られるのはヤマの賭け金と同額。つまり百数十枚のチップだけだ。

 デルフィニスのチップの山を崩すにはあと10連勝は必要になる。


(駄目だ、それじゃ時間がかかりすぎる。そんなことをしてちゃイカサマがバレたのに気づかれる!)


 この一戦で決める必要がある。

 もちろんヤマはデルフィニスの手を知らない。

 だがハクビのイカサマがあってなお勝負に出たということは、少なくともツーペアには対抗しうる手のはずだ。

 それでもこの一戦しかない。


「デルフィニス、一つ提案がある」


「提案? 運否天賦の次は降伏宣言かい? 言っとくけどそんなのは――」


「違う、むしろ逆だ! あんたから金を借りたい」


「なんだって?」


「おまえは金貸し屋だろ。見ての通り俺の残りチップはごく僅か。一発逆転するには……賭け金を増やすしか無い」


「ははは! 君ついに頭がおかしくなったのかい? 僕の目的は金じゃない、ヒルダの持つ王位の証なんだよ。あともうひと押しでそれが手に入るってのに、なんで手を貸してやらなきゃいけないんだ?」


 デルフィニスが激しく机を叩きつける。その表情は呆れを通り越して、むしろ苛立ちと怒りに満ちていた。


「そもそもなぁ、金を借りるには担保ってものがいるんだよ! 金を返せなかった時の保証さ! 素寒貧の君に何の担保があるっていうんだ? 冗談も休み休み言えよ、貧乏人」


「担保ならある」


「なに?」


 ヒルダがハッとしてヤマの肩を掴む。


「駄目よ、私のためにそんなこと駄目!」


「いいんだ。俺は君を信じられなかった。信じていれば……もっと違う戦い方もできたんだ」


「でも! 私、そんな、ヤマにそこまでしてもらえない! これでもし負けたら――」


 言いえる前に、ヤマがヒルダの手を取る。強い決意を瞳に込めて。


「君は俺に賭けてくれた。なのに俺は君に賭けられなかったんだ。今からそれをするだけだ」


「ちょっとお二人さん? お耳がお聞こえにならないのかな? 誰も金を貸すなんて言ってないんだけど?」


「だから言っただろ、担保はあるって」


 そう言ってヤマが指さしたのは、他ならぬ、ヤマ自身だった。

 ギャラリーにざわめきが広がる。デルフィニスも、息を呑む。


「もし金が返せなければ、俺が死ぬまで下僕として使ってくれ。あんたも知っての通り俺には騎士のスキルがある。それを使えばいくらでも金を儲けられるってことは、ヒルダが証明してくれる」


「……君、自分が何を言ってるかわかってんの?」


「ああ」


「ギャンブルのために身売りか! はっ! 悪いがそんなもんは見飽きてるね。しかしまあ、考えてやらないこともない」


「本当か!?」


「本当だとも。ただし一つ、君の思い違いを正さなきゃならないね」


「思い違い?」


「そうさ。君は僕に部下か何かのように使ってもらえると思ってるようだけど、そんなことは無いんだぜ。金を稼げる部下なんざ有り余ってるのさ。それでも君には使い出がある。たった一つだけね」


 その時のデルフィニスの笑みは、彼が見せた中でも一等邪悪で歪なものだった。

 相応の条件は覚悟していたヤマだが、さすがにぞくりと背中が冷える。


「君を痛めつければ王女様が悲しむ」


「デルフィニスっ!」


「ああ、いいですよ王女様! そうやってもっと怒鳴ってください! あぁいいなぁ! 僕がこの男を傷つければ貴女はどんな絶望的な表情を見せてくれるんです? どんな風に泣き叫ぶんでしょうね!?」


「あ、あなた何を言ってるの? なぜ私の話になるのよ!」


「わかりませんか?」


 デルフィニスが首をひねる。肩をすくめ、壊れた人形のように奇妙なポーズだった。


「実は僕、昔っからお慕いしていたんですよ、貴女を。幸せだったなぁ。こっそり貴女の大切なおもちゃを壊したり、飼っていた子犬を殺してあげたり、その度に落ち込み泣き叫ぶ貴女を僕が慰めてあげましたよね? 覚えていませんか、王女様?」


 ぎょっとしてヤマが、その場の誰もが哀れな王女を振り返った。

 彼女は何も言わなかったが、真っ青になった表情と震える瞳が答えだった。

 静かな怒りがヤマの胸を満たした。が、それすらもデルフィニスには興奮の材料のようだった。


「いいだろう。君を買ってあげようじゃないか、ヤマ」


「……クソ野郎!」


「王女様に免じて礼がないのは許してあげるよ。ディーラー、あのクズにチップをくれてやれ」


 瞬く間にデルフィニスの築いた額と同額のチップが運ばれてきた。

 勝負の条件は整った。概ねヤマの思い通りに。

 ただ一点、デルフィニスの狂気だけは計算外だったが。


「さてと。待ったは無しだぜ。再戦も泣き脅しも無しだ」


「デルフィニス、一つ聞いておく」


「ん?」


「ヒルダを裏切ったのは、王位の証を求めるのは、ディジー第二王女への忠誠心のためなのか?」


「やだなぁ、わかってんだろ?」


 そして、最後の勝負が幕を開けた。

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