3-11. 目線(2)


「それで?」


 そう尋ねるデルフィニスの眉根には、これまでなかった皺が寄っている。

 彼にとって、このゲームはずっと独壇場だった。ヤマはハンティングゲームの獲物で、追い込み、狩るだけの存在だった。

 それが突然に妙なことをし始めた。さぞや苛ついてることだろう、とヤマは当たりをつける。


「それで君はいくら賭けるんだい? ご自慢の運否天賦にさ」


「そうせっつくなよ。俺はまだカードも見てないんだぜ」


「見る気なんてないんだろ?」


「いいや、そんな運否天賦するわけないだろ」


 デルフィニスは虚を突かれて固まった。当然ヤマはカードを見ずに勝負をするものと思っていたからだろう。

 確かに……本当の運否天賦に打って出るなら、それはそれで勝機はあるのだろう。

 だが、そんなことは勝負を投げ出しているにすぎない。

 裏になった5枚のカードを、ヤマは素早く手に取る。まさにその瞬間が勝負の間合いだ。


(奴は……!?)


 カードの図柄を確認するよりも先にヤマは、デルフィニスを見上げた。その視線を追った。

 この薄ら笑み男はカードを透視している。しかし裏のカードを当てられるわけではない。であれば、考えられる可能性はそう多くはない。


(さあ動かすはずだろ、視線! 俺の手を仲間にサインで教えてもらってるんだろ!)


 仲間をギャラリーに紛れ込ませ、対戦相手の手を盗み見させる。もっとも古典的で、もっとも効果的なイカサマ行為。

 もちろん予測に過ぎないし、証明しようとしても、戦いながら相手の視線を監視し続けるのも難しい。

 だからヤマは状況を整えた。カードを伏せ、デルフィニスの仲間がカードを確認できないようにした。

 そして今、再び覗きが可能な状態を復活させた。フラストレーションの溜まったデルフィニスからすれば、すぐにでもサインを確認したくなる状況だ。


(どこを見る? どこからサインを貰ってるんだ……!?)


 ……だが、デルフィニスは動かなかった。サインを確認しようとする素振りさえ見せず、じっとヤマを見つめていた。

 薄ら笑いはもう無い。蛇のように感情のない瞳がジッとヤマを見つめている。


(な、なんだよ……なんでどこも見ないんだ……サインじゃないのか……?)


 サインでなければ、まったく予想だにしない方法でカードを透視していることになる。

 さらに悪いことには、ふと目を落とした手札はまったくのバラバラだった。

 それ自体は作戦のうち、ここで勝負をするつもりは元より無いのだが、それでも気勢がぐらりとゆらぐ。


(焦るな、大丈夫だ……何のタネもなくカードを知ることはできない、きっと何かあるはず……何か……)


 またしても勝負を投げ出したくなる心を抑え込む。

 次の手を考えようと頭を絞る――


「なーにをぐずぐずしておる。スカッと賭け金くらい決めんか!」


 出し抜けのハクビの野次に考えが乱れる。


(いい気なもんだな、自分だって借金まみれだったってのに……)


 余計なことは考えまいとハクビを脳内から追い出し、再びデルフィニスに意識を向ける。

 それからふと、違和感。

 すっかり白けた無表情だったの、いつの間にかまたあのニヤけた笑みが戻っている。

 まるで余裕を取り戻したようにゆうゆうと。


(は……?)


 ふと、ヤマの頭にバカバカしい考えがよぎる。しかしそれをバカバカしいものと一蹴することはできなかった。

 ハクビの言葉、別に面白くもないせっつきにデルフィニスは余裕を取り戻した。

 ただの偶然だろうか?

 彼女はヤマのすぐ後ろ、カードの図柄も見放題な席に座っている。それも偶然だろうか?

 デルフィニスに多額の借金があって、お互いにそこそこの顔見知りでもあった。それも偶然?


(あいつ……っ! まじかよ!? かなり嫌な奴だとは思ってたけどさぁ! まじで!?)


 視線が微動だにしなかったのは、なんということはない、言葉で伝えさせていたからだ。

 そういえばデルフィニスが重要な勝負に出る時には、ハクビが何か喋っていたかもしれない。

 きっと暗号が決めてあるのだろう。ただ聞いただけでは普通の発言にしか聞こえないように。


(あんの詐欺師狐!)


 今すぐに問い詰めたかったが、そんなことをすれば台無しだ。

 まだデルフィニスもハクビもイカサマがバレたことに気がついていない。


(……今あいつらは無防備だ)


 彼らは相手の手札を覗き見れるのだから、負けることなど一切考えず勝負をするはずだ。

 狙うのなら、そこしかない。

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