3-7. 賭け金

 この国には"騎士"と呼ばれる階級がある。それは一見、他の国々と同様な特権階級であり、軍事力のように見える。

 実際、そこに相違はない。

 違いがあるのは――むしろ、秀でていることは、この国の騎士は"スキル"と呼ばれる能力を有していることだ。


 雷を呼び寄せ、炎を生み出し、氷の吐息を吐き出す。

 それこそがこの国の繁栄の礎だった。"スキル"を持つ騎士たちに他国は適うはずもなかった。


 だが――。


「あのあと、君が家を追い出されたあとさ、君は結構有名になったんだぜ」


「……関係ないだろ。昔のことだ」


「そんな風に言わないでくれよ。僕は親近感あるんだ、君とはさ」


 デルフィニスがひらひらと手をふる。

 ヤマはさっさと立ち去りたかったが、ここを去ったらデルフィニスは白尾堂に踏み入るだろう。そこにはヒルダもいる。


「不公平だよねぇ、騎士の世界は。どんな名門に生まれても発芽したスキルが戦闘に使えなきゃゴミ扱いだ」


「……どんな才能だって使い出はある」


「僕もそう思うよ! 僕のスキルは――言うなれば"盗み聞き"さ。戦闘にはこれっぽちも役立たないスキルだろ? けど、これも使い用でね……」


「俺とハクビの会話を知ってたのはそーいうわけかよ。いい趣味してるな」


「そりゃどうも」


 へらへらと笑うデルフィニスに応える様子はない。

 面倒になって、ヤマは本題を投げつけた。


「で? 何しに来たんだよ。確かに俺は騎士の家の息子だった。もう遠い昔のことさ。あんたに親近感もないし、友だちになりたいとも思わねえ。親切に教えて貰っといて悪いが、俺のスキルを教えるつもりもねえよ」



 まったくノーモーションで嘘を着くやつだ、とヤマはいっそ関心した。

 普通、嘘をつく時というのは何らかの躊躇いや予備動作があるものだが、このデルフィニスという男には一切それがない。

 ヤマの警戒した瞳を意に介さず、彼は口を開いた。


「敵情偵察……ってのは半分でね。スキルを全開にしたってどうせ大した話も聞けないだろ。それより忠告に来たんだ」


「なに?」


「だって君、あんまりに哀れじゃない? 親友に騙されて家を追われて、やっと成功を掴みかけたところで――また裏切られるなんて」


「……意味がわからねえな」


「あ、そう? まあ僕もそこまでお人好しじゃないから。じゃ、頑張って!」


「え……あ、おい!? 待てよ、何だよそれ!」


 ハッとしてヤマが顔を上げたときには、もう、デルフィニスは消えていた。


 ――まさか、ヒルダが俺を売ろうとしてるって言いたいのか? ありえねえ……ありえねえのに、なんでこいつは嘘をついてないんだよ!


 ハクビの言葉が蘇る。

 まさかヒルダが? しかしヤマのスキルは一度として間違ったことはなかった。

 つつ、と冷たい汗がつたった。


「……っ」


 キン、と耳鳴りがした。


「……ヤマ!」


 ハッとして振り返ると、路地の細い隙間に差し込む夕暮れの中、ヒルダが不思議そうな顔で立っていた。


「大丈夫? 酷い顔してたけど……」


「あ、ああ。さっきまでデルフィニスの野郎が……」


「あんにゃろが!? 来てたの!? な、何もされなかった?」


「いや、何も……」


 ほっ、とヒルダが胸をなでおろす。久々に風呂に入れたのか、ふわりと石鹸の香りがした。


「ねえねえ、あんにゃろと戦うための作戦を考えてたの。ヤマも聞いてくれない?」


「そりゃもちろん、構わないけど」


 ヒルダに手を引かれていった先で、彼女の作戦を説明されながらも、ヤマの心はぼんやりとまとまりを欠いていた。


「……でね、デルフィニスはけっこうお喋りなところがあるから、そこが狙い目なの」


 カードを机に広げながらヒルダが真面目な顔で説明する。


「絶対にあいつ、ブラフであなたを押し潰しにくるわ。でもブラフならあなたは見抜けるし、あわよくば、それをひっくり返せる」


「そうだな」


「でしょ? だからね、こっちの作戦は一点突破。相手がブラフを打ってきたら全力で賭け金を増やすの」


「賭け金……?」


 聞き慣れない単語にヤマが反応した。ヒルダがぽかんと頷く。


「う、うん。勝負はお互いに金貨千枚を賭けるの。先になくなったら、負けよ」


「俺はてっきり一回勝負かと思ってた」


「そう? ご、ごめんね、ちゃんと説明できてなくて……ただ、今回の勝負はハクビちゃんの借金分もかかってるから、こうすることになったの」


「金貨千枚じゃ、俺たち賭け金が足りなくないか? あの壺の儲けを合わせたって……」


「それはそうだけど……だ、大丈夫! お金の方は私がどうにかする! ヤマはルールを覚えるのを優先していいから!」


 力強く手を握りしめられても、ヤマには釈然としなかった。

 いきなり聞かされた賭け金の話……賭けるのはヒルダの王族の証とやらだけのはずだったのに。


 もしこれで負けたら? 金貨の不足分は……新たな借金なのか?

 ヒルダはなおも作戦の説明を続けたが、ヤマの頭には半分も入ってこなかった。

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