3-4. 嘘をつく執事(3)

 デルフィニスが去ったあと、大変なのはむしろサロンのマダムたちからの質問攻めだった。

 彼女たちとて上流階級の人間、当然王女ヒルダの名は知っている。

 が、王女ヒルダは数週間前から失踪扱いになっていた、という。


「本当にヒルダ様なの?」

「光栄だわ~こんな狭いサロンにお越しいただけるなんて」

「ヤマちゃんのお知り合いなの?」


 こうなったらもう隠しようがない。ヤマは覚悟を決め、ヒルダに促した。


「もう全部話しちまうしかねえよ、これ」


 うんうんと頷くヤマに同調し、うんうんと頷くハクビ。


「そうじゃそうじゃ。どうせここには反ディジー派の名士しかおらんからの。そうであろう、皆の衆?」


 白い髪に薄汚いデルフィニスの踏み跡が残っているが、気にする様子もない。

 ハクビに問われ、マダムたちは複雑な顔で彼女を見返した。ヤマにはその表情の意図が痛いほどわかる。「たしかにそうだが、おまえに代表されるのは気に食わない」。そんな感じだった。


「……ところでおまえ、いつから起きてたんだ?」


「最初から起きとったが?」


「が? じゃねえ! 詐欺師だな!? いや詐欺師だったわ!」


「なぁにが詐欺師じゃ! 儂を騙したのはそっちが先じゃろうが! この詐欺師が!」


「盗人猛々しいんだよおまえはさぁ!」


「……こゃっほん。とにかく、ここに王女ヒルダを裏切るような者はおらんよ。儂もそれがわかって隠れ家にしとったわけだし……結局あやつは、デルフィニスは土足で入ってきたけどのぅ」


「そ、そうなのか?」


 嘘はついていない。ついていたとて覆せるが、人様の主義心情までひっくり返すのはヤマには気が引けた。


「うむ。王女様もそれがわかってて喧嘩をふっかけたんじゃろ?」


 ヒルダがおどおどと頷く。明らかにハクビの剣幕に気圧されていた。

 ……というより、明らかにハクビは調子に乗っていた。


「じゃろ? じゃねえよ! 助けたんだよ、おまえを!」


 ふりふりぱたぱたと忙しなく動くのはハクビの銀の尾っぽである。いい加減に我慢ならなくなり、ヤマはそれをギュッと掴んだ。

 狐のような悲鳴があがる。


「こゃあっ!? 尾っぽは! 尾っぽはだめじゃああああ!」


「はあ……なんだか急に騒がしいな……ヒルダ、今じゃなくてもいいけど、後で詳しく話を聞かせてくれよ。その……まだ頭の整理がついてないんだ。いろいろあったからさ」


「う、うん。わかってる……」


 ヒルダの表情は、気分の高揚でまだほのかに赤いものの、おおむね居心地悪そうに息を吐く。

 ヤマだって手放しに彼女に協力したい。が、いきなり大事になった事態についていけないのが正直な気分だ。


「後でと言わず、今話したらよかろう」


「っ……おまえはうるさいんだよ、だから!」


「こやっふっふ……よいよい、お二人はさんなんじゃろ? 話したら良いではないか、水入らずで! ささ、皆の衆! 儂らは人払いをされようではないか! うまい紅茶でも飲みながら、のぅ!」


「そっそれは!」

「嘘だってわかってるんだろ!?」


 ヤマたちの動揺を見て満足したのか、ハクビはパンパンと手を叩いてマダムたちを先導し始める。

 なんでこの子が仕切ってるの? と彼女たちは言いたげだったが、王女の手前もあってか黙って従った。

 あの立ち回りの速さ、あれが本物の詐欺師の嗅覚ということだろうか?


――昨日あいつを騙せたのはまぐれだったのかもしれない。


 ヤマはぞっと身震いした。

 それから静かになったサロンの中で、居心地悪くヒルダに向き合った。

 彼女の深緑の瞳が上目遣いでヤマを見つめる。

 ふたりとも口ごもり、久々に互いの表情をまじまじと見た。


「なあ」

「ねえ」


 重なった言葉にどぎまぎし、ヤマは咳払いを、ヒルダは目を伏せる。

 それからまたヒルダが顔を上げた。今度はヤマも何も言わなかった。


「ごめんなさい……」


 鎮痛な声だ。泣き出しそうな声だった。

 ヤマは咄嗟にヒルダの涙を止めないといけない気がした。実際に彼女が涙を流したわけではなかったが……とにかく衝動にかられて、彼女の頭をそっとなでた。


「な、なに……」


「ん、うん。絹みたいだな」


「褒めてるのよね? それ」


「そりゃもう。あ、でもちょっとごわごわしてるかな。しばらく風呂にも入れてないし……」


「バカ! ヤマのほうがボロボロだからね!?」


「あはは、俺はもっとずっと浮浪者暮らしだからな……」


 語気を荒らげてから、ヒルダが相好を崩す。ヤマもそれにならった。


――良かった。いつものヒルダだ。


 ヤマはもういつもの間柄を取り戻せたような気がして、胸をなでおろす。

 しかしそんな事はない。もとより二人は一時的な共犯関係で……そこに安定した間柄などなかった。ヤマは「いつものヒルダ」など知りはしない。勝手に抱いた、想像の中のヒルダがあるだけだ。

 全ては進みつつあった。

 きっと、ヒルダが出し抜けに呟いた言葉がそれを示していた。


「私、ヤマに王になって欲しい」


 ヤマの表情が固まる。デルフィニスの前に彼女が飛び出していった時よりもずっと、驚きが心を掴んで放さない。


「そのためにまずはデルフィニスを討つ。協力してほしいの、ヤマ」


 すぐに頷くことは、ヤマにはできなかった。

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