3-3. 嘘をつく執事(2)

 ヒルダの声は屹然とした勇敢な響きを持っていた。が、その握りしめた手が小さく震えているのもヤマには見えた。

 デルフィニスが何か返答をする前に、ヤマは二人の間に割って入った。


「それ以上近づくな。お前からは嘘付きのにおいがする」


「これはこれは御明察! それにしてもさすが姫様……もう新しい召使いを見つけたんだね?」


 "姫"という言葉にその場の誰もが反応する。

 振り返ったヤマの視線を受け、ヒルダが申し訳無さそうに顎を引いた。


「言いたくないことかもしれないが……奴はなんなんだ?」


「勿体ぶることでもない。あいつは、デルフィニスは私の執事だった男よ。私を妹のディジーに売り飛ばすまではね」


「懐かしいなぁ! 僕の後をいつもくっついてきた! あの頃は可愛かったのに生意気になったなァ……」


 くひひっと引き攣ったような笑いを浮かべるデルフィニス。ヒルダは白けた瞳でそれを見やる。


「売り飛ばした私が生きていたのに驚かないのね?」


「そりゃあもう感謝したいくらいだよ。だってわざわざ捕まりに出てきてくれたんだ……ってことで、いいんだよね?」


 デルフィニスが指を鳴らすと黒服たちが包囲網を築いた。

 ヒルダは落ち着いている。だからヤマも焦らなかった。彼女は策もなく自殺行為をしたりしないと、信じているから。


「私を捕まえても意味なんてない。わかってるでしょ?」


「ふうん………」


「あなた達の探している"王の紋章"はここには無い。ディジーが私を殺そうとした理由、どうせあのチンケな石ころなんでしょう?」


 どうやらデルフィニス達はヒルダ本人というより、彼女の持つ"何か"を求めているらしい。

 "王の紋章"という名前から察するに、王位継承権を証明する何かしらだろうか? と、それくらいはヤマにも推測できた。


「……でもさぁ、捕まえて拷問して吐かせるって手もあるよね? うん、そこのボーイフレンドくんを拘束して、姫様の見ている前で少しずつ皮を剥いでいくっていうのはどうかな! ね、楽しそうじゃない?」


「そんなことをしても意味ないわ。だって私、紋章の隠し場所を知らないもの。そういう隠し方をしたから」


「……」


「むしろ、拷問なんてしたら永久に隠し場所はわからなくなるわ」


 嘘のような話だったが、ヒルダは嘘を言っていない。

 よくよく彼女の全容を知らないのだ、とヤマは改めて気がついた。

 それならせめてと自分にできることを探す――が、ただ堂々とそこに立って、ヒルダの不安が表に出ないよう側にいること以上の仕事は見つからなかった。


「で? お利口な姫様は何がしたいわけ? 昔みたいに褒めてあげようか? 頭をなでなでして――」


「デルフィニス、私と勝負をしましょう」


 今度はデルフィニスにさえ意図がつかめないようで、訝しげにその瞳が細まった。

 ヤマ達の背後では気絶したハクビがもぞもぞとうなされていた。


「もしあなたが勝ったら、"王位の紋章"はあなた達にあげる。ディジーへの誕生日プレゼントにでもしたらいい」


「……で? さっさと本題を言えよ。もしそっちが勝ったら?」


 あからさまな苛立ちを滲ませるデルフィニス。

 一方でヒルダは少し落ち着きを取り戻しつつあった。ヤマの知らない、何らかの周到な計画が彼女にはあるらしかった。


「私の命令に一つだけ従う。たとえどんなことでも」


「目でクラッカーを噛めって言われてもできないけどね?」


「あなたでも出来るようなことしか言わないわ」


 デルフィニスはしばらくジッと黙っていた。

 先程までの道化めいた陽気さは鳴りを潜め、人形のように身じろぎ一つせず虚空を見つめていた。

 が、やがて黒服たちをさがらせ、また元の胡散臭い明るい声で、


「おっけー! 詳細はまたおって連絡させるよ! じゃ、そこの借金持ちのアホ狐だけ回収していくね」


「ええ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 ヒルダが慌ててハクビを守れる位置に立つ。ヤマもそれにならった。

 もとより彼女がハクビを庇うために飛び出したのは、明らかだった。例えそこに壮大な計画が付随したとしても、最初の感情はヤマと同じだったはずだ。


「待てないなぁ。ハクビちゃんには多大な損をさせられたし、姫様とは関係なくケジメはつけないとね」


「で、でも! そんな……」


「金があればいいんだろ!」


 叫んだのはヤマだ。デルフィニスの眉根はさらに心底わずらわしげにぴくぴくと歪む。


「……ちっ。白馬の騎士様の出る幕はないよ」


「そんなの知らねえよ。こっちはずっと除け者で寂しかったんだぜ?」


「それこそ知らないね。だいたいキミ、金なんてもって無さそうだけど?」


 デルフィニスのニヤケ顔が、どさりと放り投げられた麻袋を見てひきつる。

 袋から零れ落ちる大量の金貨。色を失ったのはむしろヒルダのほうだった。


「ヤマ、駄目よそれは!」


「何か策があるんだろ?」


「ある……けど……」


「俺はヒルダを信じてる。だからその策も信じてる。ただ……ちょっとくらい俺にもカッコつけさせてくれても良くないか?」


 金を突き出され、飄々とした威厳もくじかれて、デルフィニスは今度こそ引き下がらざるをえなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る