2-4. 嘘をつく商人(4)
「計画は理解してる?」
薄暗い路地に響く二人と一匹分の足音。ヒルダの確認にヤマはため息しながら頷いた。
「もうわかったって! 何度目だよ!? そんな信用ないかな!?」
「だってヤマ、お人好しだから」
「それを言うなって……へこむぞ……?」
「わかった、じゃあこれが最後の確認! あなたを信じるって決めたものね!」
「良いやつ風に言ってるけど遅いからな!? もう十回目くらいだからな!?」
「失礼ね、まだ八回目よ」
ぎゃいぎゃいと言い合うのにも疲れ、ヤマは不満げな顔で計画の段取りを述べる。
「俺たちは哀れな二人組みを装い"絶対儲かる"って詐欺師の言葉に乗る。それを俺のスキルで反転させ、本当に儲ける。以上」
この数日というもの、一から十まで二人で顔を突き合わせながら考えた計画だ。忘れるはずがない。確かに考えたのはほぼヒルダだったが……。
――よし完璧ね! 名付けて「カモが背負ったネギで殴り返してきた作戦」! はい決まり!
廃墟の中でそう宣言した元王女のドヤ顔が、今もまだヤマの脳裏に消えないでいる。
(ヒルダって頭は良いけどネーミングセンスは無いよな……)
言ったら蹴飛ばされそうな感想をヤマが持て余している側で、ヒルダは満足そうに微笑んだ。
(あるいは単に心配性なのか? そういう性格? いやそもそもヒルダってどんな性格なんだ……?)
考えてみればみるほどヤマは、ヒルダのことを何も知らない自分に気がつく。子猫のナオの方が一日分も付き合いが長かった。
知っているのは元王女で、妹に裏切られて城を追われ、どこか放っておけない気がすることだけ。
もっとも最後のはヒルダではなくヤマ自身のこころの問題。だが彼はまだそれに気がついていない。
「ヤマ? なにボーっとしてるの、ちゃんと案内してよ。ヤマしか場所わからないんだからね」
「あ、ああ。わりい……」
それからは二人と一匹、言葉もなく進む。曲がりくねった路地の奥へ奥へ。乾いた蜘蛛の巣、枯れた鉢植え、硬く閉ざされたヒビ割れ木の扉、目の端々に映る陰鬱なものどもにヤマは見ないふりをする。
(この頃は路地に篭ってばかりだな……)
実際に城下町には路地が網の目のように張り巡っている。ヒルダに聞けば、かつて戦火の絶えなかった王国にとって複雑な路地を築くことは、市街戦に重要だったという負の歴史を教えてくれたかもしれない。
だがふとした疑問を口に出すほどはまだ、二人はお互いを知らない。
「着いたぜ」
サロンのマダムたちが懇切丁寧に教えてくれた通りだった。白い狐をあしらった古めかしい軒先。どこか異国の角ばった文字で記された看板。
「白尾堂……? 亜獣亞人の使う文字ね、珍しい」
「読めるのか?」
「うん、どの国の文字も一通りは。喋るのはからきしだけどね。対外交渉は妹の仕事で、私は外国の公文書とかを読むことが多かったから」
「ふうん……」
「なに、その含みのある“ふうん”は!?」
「いやあ、本当に王女だったんだなって……」
「疑ってたの?」
「疑わねえよ! あんなに追手を差し向けられてるのも見たし……そもそも俺に嘘は効かないしな。ただその、王女様といえば特別な存在だろ? それが目の前にいるってやっぱ現実感がないって言うか……」
「あっそ。悪かったわね、元王女様で」
なんと言うべきか、ヤマは言葉を探ろうとした。だが口がうまい方じゃなかったし、まして同い年の美少女相手だ。男同士ならもっとすんなり言葉が出る気がする。それがもどかしい。
ヒルダもヒルダで、なんだが機嫌が悪そうに口を尖らせている。
「ま、どうだって良いけどね。ヤマが私をどう思ってようとべつにぜんぜん興味ないし」
「な、なんだよ、怒ってるのか……?」
「怒ってない!」
その時ふとヤマは自分の能力の限界を理解した。
たしかにヤマは相手の嘘を察知できる。それは一見して心を読むことができるようだが、そうではない。その嘘の裏、嘘をつく相手がどんな本心を抱いてるかまではわからないのだ。
今だってヤマが能力を使えばヒルダの「怒ってない」という言葉を本当にできた。彼女の怒りを鎮められたはずだ。
なのに何故そうしなかったんだろう?
ヤマは自問する。それはヒルダの嘘の裏側……彼女の本心と関わりがあるような気がした。能力では読み解けないヒルダの心の奥深くと。
……が、考える時間は唐突に奪われた。
「うるっせえよクソアマァ!」
出し抜けの怒鳴り声がヤマの思考を引き裂く。店の扉に手をかけていたヒルダがギョッとして後退り、ナオが全身の毛を逆立てた。
「待ってくりゃれ! 今日はそのぅ、急な出費だったのじゃ! 儲けるための必要経費だったんじゃ!」
先の怒鳴り声とは違う哀願。それらはともに店の中から漏れてくる。
「知らねえよそんなんよぉ! 俺いまバチクソイラついてっから! 昨日すっげえ金ヅルを追いかけてたはずなのによぉ、気がついたら家で寝てたんだよ! おかしいよなこんなの!?」
ヒルダが身を強張らせ、フードをまた目深にかぶる。一方で店内からはひどい絶叫何かが破壊される衝撃、ガラスの割れる甲高い音……。
「わ、儂にそんなこと言われても知らんのじゃ!」
「あーくっそ思い出したらまたイラついてきた! さっさと金返せやババア! 兄貴はカンカンだぞコラァ!」
「あぁあ店を壊さんでくれ! やめてくりゃれ!」
「明日また来るからな! 金用意しとけよ!」
扉を蹴破るように出てきた男は、元通り閉めることさえせず、そのまま肩をいからせて路地へと消えた。ヤマとヒルダには気がつきもしなかったろう。
二人が顔を見合わせていると、擦り切れそうな声が店の奥から投げかけられた。
「お客さんかぇ? 見苦しいところを見せたの。ささ、入ってくりゃれ……」
確かにそれはサロンでヤマが聴いた声だった。が、あの老夫婦も今の声音には騙されなかったろうな、とヤマはぼんやり思った。
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