2-3. 嘘をつく商人(3)
「儂は人を騙したことなど一度もない誠実な正直者じゃよ?」
ヤマが耳を澄ます先、からからと耳障りな笑い声があがる。そっと視線を向けると、真っ白い髪の後ろ姿が目にとまる。頭からはするりと長い狐のような耳が伸びていて、それが笑い声の度にぴこぴこと揺れていた。
そしてこぼれ出る甘い甘い猫なで声。
「が、儂も誠実だけが取り柄の商売人じゃ。お主らが望むなら儂は今すぐにでも金を返してやるがのぅ」
「ほ、本当ですか!?」
老夫婦の、特に疲れの滲んだ旦那の顔がぱっと明るくなる。それに応じて白い耳がまたぴこぴこと反応した。
(ああ、ダメだあの人達。あの白耳女に完全にカモられてやがる)
ヤマですら理解できた。老夫婦は今日きっと、意を決してあの白耳女に訴えに来たのだろうが……あれでは手のひらの上で踊らされているだけではないか?
(奪ったものを返す奴がいるかよ! 散々騙されてなんでそれがわからないんだっ……!)
もどかしい気持ちを噛み締める。今すぐに出ていきたかった。もしヒルダとの約束がなければそうしていたかもしれない。
拳を握りしめ、ヤマが息を殺している間にも、老夫婦と白耳女の商談は進んでいった。
「当然本当じゃとも。じゃが、のぅ。落ち着いて考えてみよ。せっかくこれまで投資してきたのじゃろ? 魔力補充の儀式は大変だったではないか? 毎朝毎晩と壺を磨き上げ、イナリナの神に祈りを捧げ……誠実なお主らのことじゃ、きっと一日も欠かさずやり遂げたのじゃろう?」
「え、ええ、まあ……」
「そこじゃよ。せっかくその努力が実るというのに、今やめてはあまりに口惜しいではないか! 娘っ子の結婚資金? 案ずるな案ずるな。壺の魔力が満ちればそんなものは吹けば飛ぶようなはした金よ。して、それはいくら必要なのじゃ?」
今度こそヤマは飛び出していきたくなった。詐欺への訴えだったはずなのに、いつのまにか結婚資金を用意できるかどうかという問題にすり替えられている。が、老夫婦は気づく様子もないどころか、渡りに船と必要額を相談しはじめたのs。
(なんだってそうお人好しなんだよ! ってまあ、俺も同じ立場だったらたぶん気がつけねえけど……外から見ると騙される奴ってのは間抜けなもんだな……)
「ふむふむ、それくらいなら儂が都合をつけてやろう。なあに、壺の魔力さえ満ちれば回収できると決まった金じゃ。利息は格安で構わん構わん。盛大な式をあげてやるがよい」
そして老夫婦は返金を受けるどころか、さらなる借金を抱えることが決まった。だというのに白耳女を崇め奉るように何度も何度も頭を下げ、礼を言いながらサロンを出ていった。
その間もヤマはずっと耐えていた。騙されている人たちを見逃す痛み。それをそのまま詐欺師への憎しみに変えようとする。
(ヒルダ……やっぱ向いてねえよ俺……)
泣き言を言っても始まらない。それにくよくよスべき状況でもない。ヤマはターゲットを見つけたのだ。白耳女が満足げに席を立つのを見はからい、サロンの客に耳打ちで訊く。
「あの白耳の人、よくここに来るのか?」
サロンに入り浸るような客たちは事情通であり、また他人の噂が三度の飯より好きという連中だ。ナオを撫でていたマダム陣達がこぞってヤマに教えてくれる。
「ああしていっつも貧乏人を騙してるのよ」
「たしかハクビって名前じゃなかった?」
「路地裏の店で骨董品を売ってるみたいだけど、そっちの才能は無かったみたいねぇ。お店に来てくれた客をああして騙す方が性に合ってるみたいよ」
マダムたちの歯に衣着せぬ物言いに肝を冷やしながら、ヤマは訊き返す。
「その店って場所わかる?」
「「「当然よ!」」
完全にシンクロしたマダムたちの返答。暇を持て余した奥様方ほど恐ろしいものはない――そうヤマは学んだ。同時に、ヒルダもいつかこうなるのだろうか? と考えると、空恐ろしい身震いが止まらなかった。
……外に出るともう薄暗かった。廃墟のアジトに戻ると、先に帰っていたヒルダが「どうだった?」と疲れた目だけで問いかけてくる。ヤマは少し胸を張って、答えた。
「獲物を見つけた。作戦開始だ!」
なーおという子猫の相槌。パッとヒルダの顔が明るくなり、ずいっと身を乗り出して訊き返す。
「ほんと!? やったのね!?」
きらきらと輝く彼女の瞳、白い肌。ヤマが少したじろぐと、彼女も恥じらいを思い出したかのようにつんのめり、咳払いを一つ。
「でも油断しちゃダメ! ここからが本番よ!」
ヒルダのかわいらしいリーダーシップに従い、ヤマたちは、白耳女の店へと向かうことにした。
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