2-2. 嘘をつく商人(2)
「お願いします! お金を返してください! 娘の結婚資金なんです!」
「大丈夫じゃ案ずるでない。主の買うた壺の魔力はようよう満ちてきておる。あと一週間もすればかならず大金が舞い込むじゃろうて」
「そう言ってもう一ヶ月ですよ!? あ、あなたやっぱり騙してたんじゃないですか!?」
ドン、とテーブルに何かが叩きつけられる音と共に、痛々しい懇願が広い店内に響き渡った。
待ち構えていたものが来た、とヤマは身構える。少し離れた席では、ご婦人方に愛でられ眠りこけていたナオが、突然の大声にびくっと身を震わせた。
「くっくっ、騙すなどと人聞きの悪い。儂は人を騙したことなど一度もない誠実な正直者じゃよ?」
その言葉に、その嘘に、間違いなく標的が見つかったとヤマは息を呑む。この終わりの見えない張り込みも無駄ではなかったのだと。
……が、そもそもヤマはどこにいるのか? ゆったりした奥行きのある室内に配置された、金の刺繍の目立つ豪奢なソファ。そこに腰掛けて談話を交わす、やはり高価そうなドレスやスーツに身を包んだ人々。(きっと金に困ったことなんて一度もない連中だろうな)とヤマは内心当たりをつける。しかしそれも当然のこと。ここは上流階級が集まり交流するいわゆるサロンの一つなのだから。
ではなぜヤマはサロンなどに入り浸っているのか? ヒルダの期待に応えるのを諦め、元王女のヒモとして生きることに決めたのか?
無論そうではない。ことの発端は今より一週間前に遡る。昨日でも一ヶ月前でもなく、今日からきっちり七日前のことだ。
あの日、あの「価値燃やし」の老店主によって軍資金を得た後。いつのまにか拠点となりつつある廃墟にて、ヤマとヒルダ(とナオ)は今後の作戦会議を開いていた。
「最大の問題は」
と指を伸ばすヒルダ。
「どうやって嘘付きを見つけるかってことよね」
「自分から嘘付きですって宣伝して回るやつもいないしな」
「ええ。でも、どんなことにも例外はあるわ」
「嘘付きですって宣伝する奴がいるってことか?」
「限定的な状況だけどね。ヤマ、あなたが嘘をつくとしたら、それはどんな時?」
「嘘なんてつかねえからな……強いて言えば相手が嘘をついた時だな。その時は俺も嘘で対抗するかもしれん」
ヒルダがため息を吐き出す。
「あのね……もうちょっと悪人の気持ちにならないと! はぁ。悪人が嘘をつくのは相手が嘘を見抜けない時よ。連中って賢者の前では借りてきた猫みたいに大人しいものだわ」
「ああ、確かに。俺も嘘を見抜けないから騙された」
「そういうこと。だからね、ヤマ。私たちは嘘付きを探すんじゃなくって、嘘付きに騙されそうな人たちを探すのよ。彼らを見張っていたらきっと獲物が引っかかるわ」
「なるほどな。だとすると狙い目は……ええと……」
「……ヤマってほんとに悪巧みが下手ね。王宮でいろいろ見てきたけど、騙されやすい人は"中途半端なお金持ち"よ。有り余るほどお金がある貴族は余裕があるから騙されない。逆にお金がなさすぎる人は騙されることさえできないでしょ」
「ヒルダは人間ってもんが良くわかってるんだな……」
自分がいかにボーっとしているかということだ。ヤマはもう少し他人のことを考えてみよう、と心に決めた。
「こんなことわかっても嬉しくないけどね」
諦めるように彼女は笑い、続けた。
「で、中途半端なお金持ちはどこにいるかだけど、彼らはいつでも上流階級と知り合いになることばかり考えてる。つまりお金持ちの集まるサロンとかカフェ……あたるなら、その辺かしらね。いくつか場所を知ってるから、手分けして張り込みましょう」
……そうしてヤマはこのサロンにいる。二人の期待とは裏腹に、この一週間ヤマはひたすら金持ち達の間で惨めな思いをするだけだった。たった一杯の紅茶だけでも、ヒルダが形見を燃やしてまで作った軍資金が飛ぶように消えていった。
しかしそれも今日までだ、とヤマは気を引き締め、耳をすました――。
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