8. 嘘をつく親友(2)
「俺の? 話すことなんてねえぞ」
思わずヤマが聞き返すと、あっけらかんとヒルダは答える。
「あるわよ! 昨日の夜のこと! 忘れたなんて言わせないから!」
「なんかその言い方やめろ!」
「昨日、あれだけ私を追いかけていた兵士たちをどうやって追い払ったの? 教えてくれないと私、絶対に眠れないわ。生殺しよ」
さっきまですやすや寝ていたじゃないか、と言う言葉を飲み込み、ヤマは頷いた。ヒルダの疑問はもっともだったから。
それに昨日逃げ切れたのは半分彼女のおかげだ。知る権利は確かにある。
「あれは俺のスキルを使ったんだ。相手の言った嘘を現実にする、そんなスキルなんだけど」
「ふうん。それで私の朝になったら戻ってくるって嘘が、現実になったってこと?」
「そういうこと。君が朝に戻れなくなる原因は兵士たちだろ? だからあいつらは消えたんだ」
「……彼らはどこへ行ったの?」
「家に帰ったり、酒でも飲んだり、君を追い回す仕事がなかったらやっていたことに戻ったんじゃないかな? 俺も詳しくは知らない。でも虚空に消し去ったわけじゃないよ」
「ふうん……不思議なスキルね……相手の嘘が本当になる、か……」
しばし考え込むように押し黙ってから、ヒルダは唐突にぼそりと呟いた。
「実は私、Fカップの巨乳なんだけど……」
沈黙。
ヒルダの真面目な表情がヤマをいっそういたたまれない気持ちにさせた。
無実の容疑者に死刑判決を言い渡すような気持ちでもって、ヤマは口を開く。
「……悪いけど、俺のスキルを知ってて言うと効果がない」
「……は?」
「胸、気にしてるのか……?」
確かにヒルダの胸は実り豊かとは言い難かった。どちらかと言えば実りは薄いタイプである。というよりほとんど絶壁に近い。
さらにヤマの記憶が正しければ、それは妹のディジー王女とは正反対のプロポーションだった。
などと分析している間に、ヒルダの顔が熟れたリンゴのように赤く赤く染まっていった。
「ばかバカ馬鹿莫迦バカァぁあ! 何てこと言わせるの!? 信じられない! 最低! もうお婿を取れない!」
「いや自分で言ったんだろ!? てか婿取るの前提かよ!?」
重苦しいため息が響き、しかし流石に王女の器か、ヒルダは己を取り戻したらしい。
「……ふん。自分の目で見てなかったら信じなかったけどね」
「そりゃどうも。ま、基本的には何の役にも立たないスキルだぜ。虫一匹殺せない最弱スキルなんだ」
「そうかしら……世の中って嘘つきばかりよ。王族にすり寄る口だけの嘘つきを沢山見てきたわ」
ヒルダがうんざりしたように笑う。
「ね、そのスキルを上手く使えば、あなた、こんな暮らしをする必要もなくなるんじゃない? きっと成り上がれるわ」
「本気で言ってるのか? 俺が成り上がれる世界、ぶっちゃけ終わってるだろ!」
「でも事実だもん。人間なんてそんなものよ」
そう言うヒルダの表情は、まるで人生に疲れ切って世を捨てた仙人のように達観していた。
が、その超常さはすぐに消え去り、子供らしい好奇心が顔をのぞかせた。
「ところでさ」
ずい、とヒルダの顔が近ずく。
ふわりと花の香りが広がる。
ぱちくりと瞬くエメラルドの瞳に覗き込まれると、なんだかヤマは落ち着かなかった。
「う、うん?」
「スキルって騎士階級が使う戦闘技術よね? ヤマって実は騎士なの?」
何だかデジャビュを感じながら、ヤマは首を横に振った。
また誤魔化すことも出来ただろう。しかしヒルダは身の上を話してくれたし、自分も話さないのはフェアじゃない。
「俺はなり損ないなんだ」
「どういう意味?」
「騙されたのさ。俺の親友――親友だったアースラって奴に。あいつはいい奴だった。いや……良い奴を演じるのが上手かったんだな。生まれつき人格を三つくらい持ってるみたいだった。俺はまんまと騙されたよ。騙されて、戦闘に役立たないハズレスキルを押し付けられた」
「ハズレなの? 戦いにしか役立たない力よりよっぽど良いじゃない」
「騎士ってのはそういう人種なんだよ。強さだけが正義で、戦えないやつはゴミだ。父さんは泣きながら俺をぶん殴ったし、追い出された時に母さんは止めてくれなかった。俺もそれを納得してる。俺のせいで一族の栄光に泥を塗ったんだからな」
ヤマは自嘲して肩をすくめた。
既に気持ちの整理はついている。悪いのは騙された自分。その罰として全てを失った。それで終わりだ。
だから、ヒルダが声を荒らげた理由がヤマにはわからなかった。
「そんなことない! 何が一族よ! 誰だって産まれたくてそこに産まれるわけじゃないわ。だから知ったこっちゃないでしょ!? 私も王女に産まれたくなんてなかった! そんな風に自分を卑下したら駄目よ!」
「ヒルダ……」
「だってね、ヤマ。あなたの力に私は助けられた。その力をゴミだとか最弱だとか、そんな風に言わないでほしい」
が、ヒルダは沈んだ表情を不意に明るくして膝を打った。何かいいアイデアを思いついたらしい。
「そうだ! ねえヤマ、一緒に証明しましょう!」
「な、何をだ!?」
「あなたのスキルがゴミなんかじゃないってこと! 私なんでも協力するわ! そしていつか、あなたを裏切った人たちを見返してやるのよ!」
てっきりヤマは冗談を言われてるのかと思った。
自分のスキルが最弱のゴミスキルだと、疑ったことは一度もなかったから。
しかしヒルダは真剣だった。エメラルドの瞳に魅入られると、ヤマは何だか心の奥に熱が湧いてくるようだった。
「ヤマがどうしても嫌なら、いいけれど……」
「いや、やろう! ありがとうヒルダ!」
「うん!」
うなずき合う二人の側に、いつの間にか戻ってきたナオがとたり降り立った。
「なーお」
という声が、どこか祝福するように響いた。
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