7. 嘘をつく親友(1)
透き通った朝日が、屋根に空いた無数のボロ穴越しに差し込んでいた。
(やっぱ屋根があるっていいなぁ。朝日が半分しか入ってこねえもん)
呑気な欠伸は雑魚寝暮らしに慣れきったヤマのものだ。
(でも起きても一人きりっての寂しいなやっぱ……家にいた頃は……はぁ)
眠気まなこをこすっていた指先が、固まる。
「すぅ……すぅ……」
という上品な寝息を立てている少女が隣にいた。
朝日に照らされた白い頬は、凪いだ川面みたいに滑らかだった。
「なんっ!?」
鼓動が跳ね上がり、ヤマはどぎまぎとして後ずさった。その物音が目覚ましとなり、うっすら開かれた瞼の下からあの翠玉色の輝きが覗く。
「ん……」
が、まだ今は寝ぼけているらしい。みずみずしい薄紅色の口元が、むにゃむにゃと開かれた。
「だぁ……」
「だ?」
「だっこで起こしてぇ……」
ぽかんとしたヤマと、少女の目覚めた瞳がかち合う。その顔が燃えるように赤くなった。
「やっ、なんっ、何見てるのよ!?」
「え? いやぁ、かわいいなあと思って……」
「〜〜〜〜っ! 違う! 違うの! 今のは違う! 忘れて! 忘れなさい! わかった!?」
その剣幕があまりに凄まじくて、首を横に振ったら絞め殺されそうだった。
ヤマが首が取れそうなほど激しく頷くと、彼女はそっぽを向いてため息をついた。
「……はあ。私、まだ生きてるのね」
「やっぱり死ぬ気だったのか、あの時」
「死にたいと思ったことなんてない。でもあいつは……ディジーは私が邪魔なの。王位継承権第一位の私が。捕まったら間違いなく殺されてた」
「王位? 何の話だ?」
「え? 知ってて助けてくれたんじゃないの?」
「そもそも俺は君の名前すら知らないけど」
「……ほんとに? じゃあ何で助けてくれたの!?」
「最初から言ってるだろ。カラスから助けてくれた礼だって。あ、ちなみに俺はヤマ。猫の方はナオ……って、あいつどこ行ったんだ? ネズミでも探してんのかな? おいナオー? なーお?」
ナオの行方を探すヤマを、少女は唖然として見つめていた。
かと思うと、今度は緊張の糸が切れたように破顔して、肩を震わせ始めた。
「なんだよ? 俺の鳴き真似がそんなに下手か? 笑うほどじゃないよな!? ねえ!?」
「そうじゃない! ただ……あなたって本当にお人好しなのね」
「だからお人好しって言うなよ! へこむぞ!?」
「いいじゃない。優しいってことなんだから。私、あなたみたいな人初めてよ。声をかけてくる人は沢山いたけど、みんな私の立場目当ての連中ばっかだったもの。損得抜きで優しくしてくれたのは、本当にあなたが初めて」
「……ふーん。立場ねえ。どっかの国のお姫様みたいに話すんだな」
「だってお姫様だったもの」
「ふーん……ん?」
ふとヤマは違和感の正体に気がつく。
王位継承権だの、お姫様だの、これまでずっと何かの冗談だと思っていた。
だがヤマのスキルによれば、彼女は一言も嘘をついていない。
つつ、と冷や汗がヤマの頬を流れ落ちた。
「そ、そういやさっき、ディジーがどうとか言ったよな? まさかそれ、第二王女のディジー・ルドベキア様のことか?」
「あんな奴に様なんてつけなくていいのよ」
「……それで君が王位継承権第一位? てことはディジーの姉のヒルダ・ルドベキア様……」
「ヒルダでいいわ」
「……まぢ?」
「嘘なんかつきません」
「けどもっと早く言えよ!?」
「知ってると思ったの!」
「知らねえよ! 公務に出るのも第二王女ばっかりで、幻の第一王女って呼ばれてるの知らないのか!?」
「だって公務とかつまらないじゃない。見栄と去勢を晒し合うだけの最低な空間! あいつらが無駄に使うお金のほんの一部をまわすだけで、どれだけの民が豊かになるかわかる? 馬鹿馬鹿しいから付き合わないことにしたの」
「過激なんだな……」
「これくらい普通よ」
そこはかとない疲れにヤマはため息をついた。
「で、なんだって王女様が追いかけられてたんだよ。公務サボったからか?」
「んなわけないでしょ!」
きっちり突っ込んでから、こほんとヒルダが咳払いを一つ。
「ではここで問題です。ある王国に、王位を継ぎたいけど王位継承権は二位のディジー王女と、王位に興味がないけど継承権は一位のヒルダ王女がいました。はい、この後何が起きたでしょうか? なお、王位継承権の放棄は祖王の定めた無紙憲章により禁じられてるものとする」
ヤマの脳内に時計があらわれ、カチコチと時を刻み始める。
なぜか目の前に押したくなるボタンが見えた気がして、思わずそれを叩いてしまった。脳内で「ピンポン」と小気味の良い音がした。
「はい、ヤマくん」
「ヒルダ王女が王を継ぎ、ディジー王女がそれを支えて素晴らしい治世を築き上げた」
「ぶー」
ヤマにはなぜか、等身大のナオちゃん猫人形が虚空に吸い込まれていった気がした。
ヒルダがうんざりしたように笑う。
「正解は暗殺。私が死ねばディジーは何のしがらみもなく王位を継げる。笑えるでしょ? 私たちは呪われた姉妹ってわけ」
ヤマはくすりとも出来なかった。しばし無言が廃墟に満ち、ヒルダが嘘くさい明るい声を上げた。
「けどもう関係ないけどね! ディジーが色々と手を回してくれたおかげで、私はもう王女じゃなくなったみたいだから」
それはどういう感情なのか、ヒルダは人形のように微笑む。
「はい、これで私の話はお終い。次はヤマの番よ」
「俺の?」
ヒルダはこくりと頷いた。
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