5. 嘘をつく姫君(2)

 いつもは静けさに満ちた夜の城下町。


 それが今日は、まるで戦場にでもなったような慌ただしさだ。


 行き交う人間は数多い。しかし誰も彼もが剣やら槍やらで武装している兵士で、一般人らしき人影は皆無だった。


(おいおい人一人捕まえるのになんつー騒ぎだよ!? 稀代の大怪盗でも逃げてるのか!?)


 このまま行けば、あの白いローブの人物が捕まるのは時間の問題だった。


 ヤマは高台から見えた位置から逆算し、路地裏を駆け抜けて先回りを試みる。


(こちとら毎日路地裏でざこ寝ぐらしなんだよ! 裏道で俺に勝てると思うなよ!)


 重厚な武装に身を包む連中をしり目に塀を乗り越え、下水道を駆け抜け、瞬く間にあの篝火の眩しい教会付近にたどり着いた。


 もちろんナオも遅れたりしなかった。(こいつにだけは裏道も勝てねえな)とヤマは内心で白旗を揚げる。


 さておき、教会前に白いローブは見当たらない。


 が、何人かの兵士は、標的が教会の中に隠れていると思ったようで、慌てて飛び出した神父の胸ぐらを掴み上げていた。


「おいジジイ! これはデイジー王女直々の命令だぞ! もし隠してたら教会ごと燃やしちまうからな!」


「本当に知らないんです! 誰も隠してなどいません! ああ、神よ!」


 眼の前で繰り広げられる蛮行にヤマは眉をひそめる。


(とんでもねえ連中だな……デイジー王女ってデイジー・ルドベキア様か? とにかく、教会の中には隠れてないな。それは間違いない。じゃあどこだ? そう遠くには行ってないと思うんだが……)


 ざっと見回してみても、隠れられそうな場所はいくらでもあった。だがその片端から兵士たちが潰して回っている。


 焦るヤマ、その足元をするりと何かが抜けていく。ナオだ。


「あ、おい! どこ行くんだよ! こんな時に猫特有の気まぐれとか洒落に……」


 ナオは明らかにある場所を目指していた。路地裏の影になった、目立たない廃墟を。


(そういやあいつも俺と同じで、あの子に助けられてるんだよな。まさか……いや、きっとそうだ! ナオ、お前に賭けるからな!)


 ナオの揺らめく尻尾を追いかけ、ヤマは素早く廃墟に飛び込む。


 が、ただでさえ夜の闇の中、明かりのない廃墟へ飛び込めばどうなるか?


「ぎゃっ!」

「きゃあっ!?」


 空間識失調。ヤマはたちまち前後不覚になった。どっちが上かもわからなくなり、闇の中でつんのめる。


 が、幸いにも柔らかい場所に倒れたらしい。カーペットか何かだろうとヤマは理解する。


 顔をあげると、ナオの二つの瞳だけが闇の中で輝いていた。


「ってて……てめえな! 俺は人間だから夜目が効かねえんだよ! って、猫のお前に言っても無駄だけど」


「だれが猫なのよ! 私だって人間よ!」


 もし人が驚きで死ぬことがあったら、ヤマはこの時に死んでいただろう。


 飛び出しかけた心臓を慌てて飲み込み、かわりに押し殺した叫びをあげる。


「ナオ!? お前喋れたのか!?」


「違う! いいから早くどいてよ! せめて手! 手をどけて!」


「え、違う? そういやさっきから下の方から聞こえてくるけど……」


「なーお」


「もしかしてナオ、お前じゃないのか……? ていうかこのカーペット妙に柔らかいな……特に右手がなんか、なんだろうこの、妙に落ち着く柔らかい感触は――」


「ばかあああ! 早くどいてよおおお!」


「はぁ!? まさか人間!?」


「そう言ってんでしょおおお! どいてえええ!」


 もはや懇願に近い泣き声。ヤマが慌てて飛び退く。


 少しずつ闇に慣れてきた目が、影の向こうに人型のシルエットを見出した。


 どうも廃墟に飛び込んだ際に下敷きにしてしまったらしい。


「本当にすまねえ! 俺てっきりナオ――猫と喋ってんのかと」


「猫が喋るわけないから! ていうか感触で気がついてよ! ちょっとへこむでしょ!?」


「感触? 感触ってなんの?」


「え? それはその、えっと、私の……だいたい! あなた私を追ってきた兵士じゃなさそうだけど、なんだってこんな所に飛び込んだのよ?」


「それだ!」


 飛び込んだ衝撃ですっかり忘れていたことを、ヤマはようやく思い出す。ナオの瞳が呆れたように細まった。


「俺、兵士に追われていた白いローブを着た人を探してるんだ」


「ちょ、ちょっと待って。あなた今、兵士に追われていた白いローブを着たを探してるって言った?」


「美人とは言ってないけど……」


「言ったでしょ!?」


……」


「それ、私のことよ」


 今度こそヤマは驚きで叫びだしそうになった……が、よくよく考えるとそういう当たりをつけて廃墟に飛び込んだのだ。


 どうも焦って気が動転していたらしい。ヤマは少し深呼吸を挟み、尋ねた。


「それなら……君が俺を助けてくれたのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る