3. 嘘をつく店主(2)

 ヤマは耳を疑った。


 肉串を売ってくれと頼んだのに、店主は「売り切れだ」と見え透いた嘘をつく。目の前の屋台にはまだまだ串が並んでいるというのに。


 しかも店主は、やはりヤマの後ろの客から金を受け取るとにこやかに串を手渡している。


「売り切れってどういうことだよ!」


「しつこいガキだな! だろうが。残念だがんだよ」


 それでようやくヤマは理解する。結局この店主は売る気などないのだ。だから、もはや嘘とも言えないお粗末な嘘をついて取り合おうとしない。


 それでも腹が減っていたヤマは、何とか売ってもらおうと食い下がった。


「な、なあ頼むよ! 俺もう三日もなんも食ってねえんだ! ほら、金貨三枚ちゃんとあるだろ! 見てくれよ!」


 金貨という言葉に店主が反応する。差し出された金貨をじっと見つめ、それを取り上げた。


 当然ヤマは、それが売買が成立した合図だと思った。肉串を受け取ろうと手を差し出す。


 しかし、待てど暮せど何も返っては来なかった。


「あのー……肉串は……」


「しつこいガキだな。まだ居たのか?」


「まだ居たのかじゃねえよ! 金受け取っただろ!? 売る気がないなら返してくれよ!」


「黙れ! 貴様のような見すぼらしい貧乏人が金を持ってるわけねえ! どうせ人からだまし取った金だろ? こいつは俺が預かって、からな」


「んなっ……」


 絶句。ヤマはもう返す言葉もなかった。


 この店主はヤマにだけ売ってくれないばかりか、金まで騙し取ろうと言うのだ。


 それでもヤマは自他ともに認めるお人好し。こうまでされても普段なら我慢したかもしれない。


 だがその時、ヤマはとにかく腹が減っていた。腹が減って腹が減って……腹が立っていた。


 だからヤマは、ゆっくりと口を開いた。


「おい」


「あぁ? まだ居たのか? まさか盗み気じゃぁ――」


「売り切れだって? 嘘をつくなよ」


 その時店主は、たまたまヤマの瞳の瞳を覗き込んでしまった。


 その瞳があまりに冷たかったので、店主は思わずたじろいだ。

 

「……なんのことかわからねえな。俺は嘘なんかついてねえだろうが!」


 店主が怒声を吐き散らす。屋台の壁を殴りつけ、食器や食材がひどい音をたてた。


 一方ヤマはもう何も言わなかった。静かな怒りをたたえた瞳で店主を見つめていた。


「……ちっ。口だけは生意気なガキだぜ。そこで餓死するまで眺めとけ」


 吐き捨てると店主は、我関せずと眺めていた客の列へまた向き直った。


「いやあお待たせしました。もちろん皆様にお売りする分はありますので……」


 その店主の顔が凍りつく。客たちもその「異常事態」に気が付き、どよめきが広がる。


「な、なんだよこれは!? 売り物が! 売り物がねえ! なくなってる!?」


 店主の叫び通り、屋台にまだ大量に残っていたはずの肉串、パン、その他の食材の数々……それらがいつの間にか消え失せていた。


 油で汚れた鉄串だけが、鉄格子のように店先に立ち並んでいた。


 一体何が起こったのか? 気がついたものは誰もいない。誰の目にも、文字通り瞬き一つした間に何百本もの肉串が消えたことしか見えなかった。


 ニコりともせず眺めるヤマ。店主が顔を真赤にして怒鳴った。


「てめえクソガキ! てめえの仕業だな!? いったい何をしやがった!?」


「え、俺? おいおいやめてくれよ、俺はずっとここで突っ立ってただけだぜ。何百本もある肉串に触ってもいねえのに、何ができるってんだよ?」


「ぐ、それは……ぐぅう……」


「でも、あんたの言ってたことが正しかったな。こりゃ確かにだ。売ってもらえないのもしかたねえか、マオ」


 ナオは肯定するように「なーお」と鳴く。


 と、騒然とする屋台に屈強な男が割って入ってきた。彼はすまなそうにヤマに頭を下げてから、店主に尋ねた。


「失礼、100人前の肉料理を予約していた大工ギルドの者だ。そろそろ出してもらってもいいだろうか?」


 そろり、とナオが後ずさる。


 さっと店主の顔が青ざめた。100人前はおろか、店には一人分の品物さえ残っていない。


 大工ギルドの男もその異常に気がついたらしい。


「おい、まさかできていないのか!? 今日は伯爵様の屋敷が完成した祝賀会なんだぞ!? 貴様それを――」


「ま、待ってくれ! 用意はしてたんだ! 消えちまったんだ! あのガキが! あのガキが俺の商品もあんたらの料理も全部どこかに消しちまったんだ!」


 店主にゆびさされ、ヤマがびくりと肩を震わす。


 大工ギルドの男はちらりとヤマを一瞥したが、しかしいっそう激しく怒り出し、店主の胸ぐらを掴み上げた。


「貴様ぁ! 言うに事欠いてそんなくだらぬ言い訳しかできんのか!? あれだけ高額な前金をふんだくっておきながら!」


「本当なんです旦那! あのガキが――ゴハァッ!?」


「黙れこの詐欺師め! あの青年がどうやって100人前の料理を消したというんだ!? 祝賀会は台無しだ! 貴様から直接伯爵様に申し開きしろ! 来い!」


「待ってくれ本当なんだ! 本当にあのガキがぁああああああああ……」


 抵抗も虚しく、店主は大工ギルドの男に引きずられて消えていった。


 ヤマはその様子を申し訳無さそうに眺めていた。それからふと、店主が自分の金貨三枚を握りしめたままだった事を思い出した。


「あ、俺の金貨! 俺の金貨返せよおおおおお!」


 その叫びは虚しく山彦のように響き、消えていった。

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