2. 嘘をつく店主(1)
香ばしい匂いの漂う屋台通りは、ヤマが思っていたより寂れていた。店はいくつも並んではいるが、何故かどこもろくな品揃えがないのだ。
「マジかよ! 俺もう三日も何も食ってねえのに……!」
ヤマが腹を抱えてガクリとうなだれる。と、近くの店で暇をしていた小太りの――いかにも「おばちゃん」といった女性が声をかけた。
「アンタ悪い時に来たねぇ。売ってやりたいけど、品が無いんだよ」
おばちゃんの言葉に嘘はない。本当に残念でしかたないという表情だ。
ヤマが力ない声で尋ねる。
「はあ……何かあったんすか? こんなにお店があるのにどこも品切れなんておかしいぜ」
「それがねえ、新しくこの通りで店を出しはじめた男がね、アタシらの仕入先から食材を買い占めちゃったのよ」
「買い占めぇ? なんでまたそんなことを?」
「そりゃあ決まってるでしょ、わからないのかい?」
「買い占める理由ねえ……」
そんな事をしても誰も得をしない。屋台を経営する店主たちは料理を売れないし、客は欲しい物が手に入らない。
特をする人物がいるとすれば、それは――
「まさかお客を独占して、自分だけ儲けようってのか? そいつ」
「その通りなんだよ! アンタみたいにすぐ気がつけたらよかったんだけどねえ。この屋台通りの皆は、ずっと持ちつ持たれつでやってきたからさ。新入りを疑うどころか歓迎して、手取り足取り仕入れ方まで教えてやっちまったんだ……最初は真面目に見えたんだよ? でも仮面を被ってたってわけ! アタシは自分が情けないよ!」
「いやいや情けなくはないだろ。騙したそいつが悪いわけだし」
「そうかい? ありがとうね。でも、食事がしたかったらそいつの店を使うしか無いよ。腹ペコなんだろう? アタシらに悪く思う必要はないから、行っておいでよ」
ヤマは断ろうとしたが、ぐぅうと腹の虫が抗議する。その間もずっと香ばしい匂いが鼻をくすぐり続けていた。
「なーお、なーお」
ナオも満腹とはいい難いようで、弱々しい鳴き声をあげる。
「……あんまし気は進まないけどな」
だがまさに背に腹は代えられないものだ。
結局ヤマは、この辺りで唯一料理を売っているという店に向かうことにした。
「さあいらっしゃいいらっしゃい! 焼き立てパンは金貨1枚! ジューシー肉串は金貨3枚だよ! さあいらっしゃい!」
その店は、寂れた通りの中でまるで別世界のように繁盛していた。
客たちは店先に並んだ焦げ目の鮮やかな鶏肉の串焼きを一本取って、何食わぬ顔で金貨を払い去っていく。
しかしヤマは絶望して肩を落とした。
「た、高え……」
ヤマはがっかりした目をナオに向けた。ナオの目が心なしか潤んでいるような気がした。
「おい、そんな目でみるなって! そりゃあ俺だって肉が食いてえよ! でもしかたないだろ!? 金貨3枚は全財産だぞ! これなくなったら終わりだぞ!?」
「なーお」
「うああああっダメダメダメダメ! 肉串なんて一瞬で終わりだ! その点パンを買えば腹持ちがいい! しかも三つ買える! 一日に半分ずつ食えば一週間は食っていけるじゃねえか! マジかよ!? 安定した生活! 絶対そうするべきじゃねえか!」
「なーお……」
うなだれるナオ。尻尾までしょげかえってしまったようだ。もちろんヤマの言葉など理解できないはずだが……。
「ああもうわかったからそんな顔するな! 子猫のくせに世渡り上手だなったくよ! 元はと言えばお前が見つけたんだもんな!」
ヤマはお人好しだった。
客たちの列の最後尾に並び、順番を待つ。
値段が値段のせいか並んでいる人々は中流階級以上の身なりが多かった。ヤマのボロボロの格好は明らかに浮いている。
しかしヤマは金を持っている。これで飢えともおさらば……のはずだった。
「肉串一本!」
ヤマが元気よく叫ぶ。
しかし店主は反応しない。ヤマの後ろに並んできた客に何食わぬ顔で串を渡す。
「もしもーし? 俺、並んでましたよ? 肉串一本……」
動かないヤマに、店主が舌打ちして向き直る。さっきまでにこやかな笑顔で客に相対していたというのに、今はゴミを見る目になっていた。
「うるせえな。てめえみたいな貧乏人にくれてやるもんはねえよ。商売の邪魔だ、とっと失せな!」
「んな……そりゃちょっと身なりはきたねえけど、ちゃんと金は持ってるぞ!? 売ってくれよ!」
「ふん、無理だな」
「なんでだよ!?」
「しかたねえだろ、もう売り切れなんだよ」
店主はにべもなく答える。見下すようにその表情が歪む。
「はぁ……?」
ヤマは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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