第十七話 友だち



「で、どうだったの?」


 夕方。私と美菜はアプリさんのお店に集まっていた。


 アプリさんは美菜が買ってきた色とりどりなドーナツをもぐもぐと美味しそうに、幸せそうに食べている。

 私たちの前にもドーナツはあるけど、美菜は全然手を付けない。なので私も手を付けてない。

 正直食べたい。


「ええと、伊勢くんはまあ、それなりに自制してくれるようになったっぽいです。目に見える目印があると違いますね」


 ミサンガは一定の効果はあった。

 まだ、ちょっとペースが乱れて気がそがれると忘れちゃうけど、この調子で成長してくれれば来月の大会でいい結果が出ると思う。


「一応、初めてのソノキスタンプは成功したのかなって」


 使い魔?を指で撫でつつごくろうさま、と心の中でお礼を言った。


「美菜ちゃんは?」


 アプリさんが美菜に問いかける。

 きっと笑顔をしていると思う私に比べて、美菜の顔は静かというか色が無いというか、表情が読めなかった。


「……自分がどれだけ空回りしていたのか、思い知りました。能登さんにも嫌な思いさせてしまいました」


 美菜が聞いたことのないような沈んだ声でつぶやく。


「茉莉と何があったの?」


 何かありそうとは思っていた。

 だけど心の何処かで案外私みたいに打ち解けるんじゃないかと楽観的にも考えていた。だけどそうはならなかったらしい。


「能登さんに、あなたの気遣いはおせっかいだって言っちゃった」


 ああ、と胸が締め付けられた。

 正直、たまに私も心の中で思う事はあった。でも言わなかった。言えなかった。それだけでも言っちゃった、と思ったのに、更に。


「能登さんはかなえに対して優越感に浸りたいんじゃない、とも……」


「えっ?」


 今度は思わず声が出る。


「美菜! それはいくらなんでもひどいよ!」


「だけど能登さんはそうかもって、自分で言ったよ」


 美菜の言葉にからかいや嘘は感じない。私は心臓が止まるかと思った。


「まって、なんで……茉莉が……」


「でも、能登さんを嫌わないで」


「そんなの……!」


「外にいるから」


 美菜が小さな声でつぶやいた。


「えっ?!」


 声がひっくり返る。


「帰るって言ってたけど、引き止めた。今全部言わないと戻れないって言って、連れてきた」


「茉莉!」


 私はお店の外に飛び出す。周りを見ると、店の角に隠れている茉莉が見えた。姿が消えたので慌てて追い、店の裏まで来た所で手を掴むと、茉莉はそのまましゃがみ込む。


「茉莉!」


「ごめんなさい! もう余計なことしないから! だから、だから……!」


 茉莉が痛そうなほどの嗚咽を漏らす。

 私も一緒にしゃがんで茉莉の顔を覗き込む。茉莉は尻餅をついて必死に目線をそらし、顔を手で覆ってしまった。


「私、かなえをずっと騙して……」


「そんなのどうでもいい! 私は嬉しかったよ。私、背が高いからそれが嫌で縮こまっていた。それを茉莉は引っ張って」


「かなえを引っ張っている私が! だからかなえよりも上だって気になって! それが嬉しくて、楽しかったの!」


 茉莉が悲鳴みたいな声で言った。


「足も早くない。友達もあんまりいない。若狭さんとも仲良くなっちゃう。それでも自信なさ気なかなえを引っ張れれば、それだけで私、かなえより上だって……。伊勢くんの事もそう。陸上をやめたのは足を痛めた以外に……盗撮されたことが原因って知っていたのに。嫌な思いしたのに……」


 茉莉の言葉にお腹の奥がギュッと痛み、寒気がして汗が滲んだ。


「だけど、かなえを引っ張れれば……そうすれば、自分が生きている意味があるって……。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 茉莉は身を縮めてひたすら謝っている。頭を抱え、何も聞こえていないみたいに。前の私もこんな感じで身を縮めていたのかな、とどこか遠い光景を見ているような気がした。


「私、おまじないも占いも信じてなかった」


 私の言葉に茉莉がびくっとして嗚咽が少し収まる。


「人の気分を勝手に決めつけてああしろこうしろって言うものだと思ってた。でもね、アプリさんのおまじないは違ってた。ただ、その人の背中を押すだけ」


「……」


「茉莉のやっていたことも、おんなじだよ。私の背中を押してくれた。だから、ありがとう」


「でも…………でも……!」


「今度は私が茉莉の背中を押すよ」


 えっ? と茉莉が恐る恐る顔を上げる。


「あーあ、可愛い顔が台無しだね」


「変なこと言わないで。私なんて……」


「はい、動かない」


「あっ」


 ペンを取り出し、茉莉の顔に近づける。私が何をしようとしているのか分かったみたいで、茉莉はおっかなびっくりな顔で震えながら目を閉じる。


「目、開けないでね。あぶないから」


 茉莉はうん、と唇を締める。


 願いを込めるは『バガラズ』


 それは破壊を意味するルーン文字。

 だけど同時に変化、成長の意味も持つ。愛奈には今を、自分を打ち破って欲しい。願いを込めてアイシャドウに連続で文字を書く。細かく、細かく、ひとつづきのラインのように……。


「……出来、たぁ」


 ぷはぁ、と深呼吸。おまじないは完成した。


 あ、なんか疲れる。


 たった二回やっただけなのにこれはけっこう疲れるや。

 恐る恐る目を開けた茉莉の表情はまだ怯えが見えるけど、目線は私をまっすぐ見つめていた。


「……私、馬鹿だったね」


 声の震えが止まっていた。茉莉は照れくさそうに泣き笑いする。


「若狭さんが言っていたけど、これ、本当に魔女の魔法みたい」


「まぁ、まだ弟子候補だけどね」


「かなえ。私……まだあなたの友だちでいられる?」


「え? 友だちなんかじゃないよ」


 途端にさあっと茉莉の顔が青ざめ、怯えに歪んだ。


「親友でしょ?」


「かな……かなえぇえ…………」


 見たことのない顔でおもいっきりべそをかきながら、茉莉は私の胸に顔を埋める。

 しまった、つい意地悪しちゃった、と私は茉莉の頭を抱きしめた。



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ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ まやひろ @mayahiro

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