第十四話 ちょっと待った


「私は、今までうわべだけのおまじないしか教えてもらってなかった」


 美菜がずっと昔のことを思い出しているような顔で呟いた。


「でも、かなえが弟子になると知って……、使い魔のことを聞いて分かった。私は本気でソノキスタンプを信じてなかったんだって」

「そんなこと」「いいから聞いて」


 美菜がいいから、と言葉を美菜が遮る。


「だからアプリさんはうわべだけしか教えてくれなかった」

「あの、わ、私は別に本気じゃないんだけど……」

「いいえ、アプリさんはかなえの心の中に見たのよ」

「な、何を?」

「ぼーっとしているふりして狡猾な、秘められた燃えさかる野望を、野獣のような闘争本能を感じ取ったに違いない!」


 内なる野生なんて持ってないから! てか狡猾って何?

 風評被害が加速している。


「おかげで私、やっぱりまだ自分には頑張れる余地があるんだって分かった。そういう意味ではありがとう、かなえ」

「あ、ど、どうも……」


 美菜は可愛らしく爽やかに微笑み、私は顔をひきつらせた。


「美菜? あのね、今日は私、遊びに来ているだけだから。だから、勝負とかはできるだけお手柔らかに……っていうか、何なら応援するからさ、どんどんポイ」「言っておくけど」


 美菜が私の口に指をつん、と添える。

 唇に触れた指が柔らかくてドキッとした。


「手加減って、いっちばんキライなの」


 だと思った。


「あと、アプリさんが居ない時はどうやってポイントを計算するのって聞いたらね、使い魔が教えてくれるんだって」

「これが?」


 ペンシルを取り出すけど、やっぱり今はどう見てもただの化粧道具だ。


「私達を信用しているってことだと思う」


 美菜がちょっと自慢げに頷いた。


「つまり自己申告して、それをアプリさんが判定する……?」

「おそらくね」


 美菜はズルは嫌いそうだし、私だってごまかすマネはしたくない。

 とすると……うわぁ、そう考えるとアプリさん、意外に先読みしてるなぁ。


「……なるようになる、かなぁ」


 どうにも逃れられそうにない、と私はある意味悟りの境地を感じていた。


「それで、今日はどこに行くの? 駅前なら最近ドーナツ屋さんが出来たから行ってみたいの。デコレーションドーナツが可愛くて美味しいんだって」

「茉莉に聞いてみる……」


 さっきまでの生真面目な表情はどこへやら。

 楽しそうに声を弾ませている美菜の姿は普通に遊びに来たようにしか見えない。一体どっちが本心なのやら。


「そうそう、アプリさんにもドーナツ買っていかないと」

「賄賂?」

「失礼ね。かなえと二人でってことであげるつもりなの。あの人いっつもお腹空かせてるし」

「そう言えば……」

「お金は出すから気にしないで。言い出しっぺだし。無論遠慮なんか不要よ」


 うわ、なんか美菜がいい子に見えてきた。


「で、かなえ。いちばん大事なことを聞き忘れていたんだけど」

「な、何?」

「まず、ソノキスタンプはメイクのセンスがいるんだけど。かなえ、メイク分かるの? ケーキって分かる? お菓子じゃないからね」

「し、知ってるし! ファンデでしょ! ブロウもシャドウもクリームも一通り使えるし!」


 そこまで言って、あ、と口を抑えた。美菜は意外そうに目を丸くし、それからむぅ、と唸る。


「なるほどぉ……。やっぱり、思いつきどころか虎視眈々と狙っていた、と」

「だから違うからぁ」


 何を言っても悪化するだけなの? 絶望しかけていたその時。


「かなえー! どしたの? めっちゃ早いじゃ……」


 茉莉がやってきた。


 え? まだ時間まで四十分あるんだけど?


「いや、茉莉こそはや……うえっ?!」


 茉莉を見て、いや、茉莉の後ろを見て声がひっくり返る。


「おう、久しぶり!」

「伊勢くん?!」

「あら? あんたたち、男子とも遊んでるの?」


 美菜が珍しいものを見る目で言った。


「いやいや違うから! 茉莉! なんなの?! なんで伊勢くんがいるの?」

「こっちが聞きたいよ。どういう事……?」


 勢い任せに問い詰めていたつもりが、茉莉は静かな声で逆に聞いてきた。


「え? どういうって……」

「どうして若狭さんが一緒にいるの? 私と遊ぶ約束でしょ?」


 茉莉が美菜に噛みつきそうな顔で言った。


「そ、それは、ええと、だから、美菜がいることは会ってから説明しようと……」

「美菜? どうして若狭さんの名前を呼び捨てなの?」

「あ、それは……」

「かなえ、いつ若狭さんと仲良くなったの? 私知らないよ? 知られたくなかったの?」

「あの」

「かなえは私と一緒がいいんじゃないの? 私をもう頼らないつもりなの?」

「ちょ」

「私よりも若狭さんのほうが優等生だから? 私はいらないの?」

「ち、違う! 落ち着いて」


 茉莉の言葉が止まらない。


「落ち着いているよ! 私に隠れて仲良くしていたなんて……」

「だから! 隠すも何も仲良くなったのは……いや、仲良くなったのかなぁ? いや、それはよくて……。な、なら茉莉! 茉莉こそなんで伊勢くんと一緒なの?」


 色々いっぱいいっぱいになった私の言葉はだんだん大きくなり、さっきの茉莉みたいに抑えがきかなくなり始めていた。


「それは、伊勢くんが来るって知ってたら、きっとかなえは来たがらないと思って」

「そう思うならどうして連れて来たの? 私が陸上やめた本当の理由、茉莉は知っているよね?」

「それは……」


 茉莉が視線をそらした。

 私はそれが無性に癪に障る。いっそ忘れていた、とか言われたなら諦めもついたのに、茉莉は知っててわざとやったんだ。

 一番会いたくなかった伊勢くんを連れてきたんだ。


「かなえ、私は」

「人の都合とか聞かないで勝手に……」


「ドーナツ屋さんに行きたいんだけど」


 私が茉莉に勢い任せに言葉を投げつけようとしたとき、美菜が場違いなくらい軽い言い方で言った。

 私も茉莉も、一人だけ蚊帳の外の伊勢くんも呆気にとられる。


「あなたたち、ここに何しに来たの? お互いに何か考えがあっての行動なんでしょ? それならまずは話し合いなさい」


 美菜の言葉が空気を変えた。

 私もカッとなっていた頭が水をかけられたみたいに冷える。


「ま、言い出しっぺだから、まずは私から話すわ」


 美菜が前に出る。


「私はかなえと魔女の弟子の座を賭けて競っている最中。今日はポイント勝負をするために一緒にいるの」

「魔女の弟子?」


 茉莉がなにそれ、と眉をひそめる。


「知らないなら知らないでいい。部外者だしょ。ただ私達にとっては大切なこと。それのジャマはしないで」

「ぶ、部外者?!」


 茉莉の声が驚きと焦りでうわずる。


「じ、ジャマって……! もともと私とかなえで遊ぶ予定だったのに、なんで若狭さんが? 若狭さんこそ……」

「理由は今言ったでしょ。大事な勝負なの」

「だから!」

「待って」

「かなえ……」


 私の声に茉莉が非難するような顔で振り向く。視線が痛い。


「あのね、私たちが一緒にいる理由は今言った。だから茉莉もどうして伊勢くんを連れてきたのか聞かせて。それこそ私聞いてないよ」


「私『たち』……?」


 並んで立っている私と美菜を見て、茉莉の声が少し震えていた。


「ちょっと待った」


 伊勢くんが茉莉を守るようにして前に出た。


「これ、茉莉がいじめられているみたいじゃんか」

「これっぽっちもいじめてなんかいないんだけど?」


 美菜が迷惑そうに言った。


「そう見えるって言ったんだ。俺の事なんだから、理由は俺から言うぞ」


 茉莉がなにか言うかと思ったけど黙って伊勢くんの後ろにいるままだった。

 その姿は小さくて弱々しくて、少し前の私と重なり、胸が締め付けられるようだった。


「かなえ!」


 突然若狭くんがずい、と顔を寄せてきてびっくりした。


「頼む! 俺のマネージャーやってくれ!」


「あ、うん……」


 ん?


「はいぃ?」


 空に響くような変な声が出た。



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